小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

123 進水式を見る 南と北の旅

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 この世界には、自分の知らないことが多い。長い間、人よりも世間のことは知っていると自負していた。しかし、どうやらこれは自己満足にすぎなかった。最近、生まれた初めての経験をしたからだ。それは、必ずしもだれでも体験できることではないが、少なくとも私には新鮮な時間であった。

 それは四国・愛媛県伯方島で見たタンカーの進水式だった。もちろん、造船所に行くのも、まして船の進水式を見るのも初めてだった。建造されたのは、日本国籍のタンカーだ。わずか1千トンに満たず、あまり大きくはないが、目の前にあるタンカーはやはり大きい。

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 船主や融資先の銀行関係者、地元の有力者らを集めて神主による神事、さらに投げ餅が終わって、タンカーの支綱が切られ、くす玉が割られると、タンカーが海に向かって滑り出す。わずか30秒足らずで着水だ。

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 ここは造船と海運の島である。しかし長い造船不況によって、島の人口は減る一方だ。このために4つあった小学校は、この春から1つに統合されてしまった。大都市は人口が過密状態だが、地方の大部分が人口減に悩むのが日本の現実だ。一極集中化現象はとどまるところを知らない。

 一緒に進水式を見たのは約80人の子どもたちだった。将来この島に何人が残るのだろうかと考えた。情報過多時代だ。島以外の生活を求めて、子どもたちの大半が大都市に向かうだろう。一人でも島に残ってもらうには、自然の豊かさだけでは難しいだろう。過疎化を食い止める手法は何か。それを企画するのは行政だけでない。

 一番政治の責任が大きいのではないか。交通の便が悪いため島のバス停まで造船所の人の車で送ってもらった。頼りになる海の男という印象の人だった。

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 高校時代のクラス会があって、四国から戻ったあと、北国の町へと旅した。小さな温泉町だ。朝、町の中心部を流れる川沿いにある遊歩道をゆっくりと散歩した。乾いた空気の中で白い藤の花が満開になっていた。付近に人影は全くない。途中でやっと高校生らしい少年と出会った。

 彼は私に「おはようございます」とあいさつし、私も言葉を返す。散歩の途中に出会った老人や高校生はみんなあいさつをしてくれた。都会では考えられないことだ。人口は少なくなっても、地方には人情がある。そう感じた週間だった。