小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

105 私が住んだ街1・横浜市 また住みたいか?

 異国情緒のある街といえば横浜か神戸だろう。横浜は、私が青春時代を過ごした街である。外人墓地から見下ろす港の風景が好きだった。歴史と伝統を思わせる街並みがある半面で、なじめなかったのは、「いいじゃん」という独特との浜っ子の言葉である。「いいよね」という意味だろうか。

  そのニュアンスは、北海道弁の「いいっしょ」と似てはいるが、微妙に違う。「いいじゃん」は、どこかなげやりで、いかにも都会風だなと当初は思ったものだが、よく考えてみると、何となく泥臭さも感じられた。

  友人や知り合いは、当然のように「いいじゃん」を無意識に使っていたが、私は決して使わなかった。

  それに対して「いいっしょ」は、北海道人の「人のよさ」を思わせる響きがある。後年、2回にわたって札幌に住んだ。当然のように、私も時に「いいっしょ」を使った。

  かつて学生時代、帰りに腹がすくと横浜駅西口の小さなラーメン屋の焼きそばを食べた。安くてうまいのだ。この世にこんなうまい食べ物があるのかと、当時は思い込んでいた。その西口も地下街が整備され、小さなラーメン屋はいつの間にか姿を消した。

  相模鉄道沿線と京浜急行沿線の2ヵ所に住んだ。まだ周辺には田畑がかなりあって、とてもいまの横浜を連想することはできない田舎風の街並みが残っていた。未舗装の道路が残っていた時代である。雨が降ると、靴がどろんこになり、歩くのが憂鬱だった。

  こうした光景はもちろん横浜の郊外だけではなく、日本のどこでも見ることができるありふれた光景だった。そして現在は、北海道や沖縄の辺境まで道路は隅々まで舗装され、むき出しの土は見られなくなっている。

  いま、横浜の人口は約360万人(2005年現在)で、東京に次いで全国2番目の大都市だ。かつては大阪がその位置にあったが、1980年には大阪を抜き去ったのである。地下鉄網も整備され、かつての泥臭さはこの街からほぼ消滅している。

  しかし「いいじゃん」という言葉はいまも健在であり、あれほど嫌っていたその言葉に、私自身郷愁を感じさえするのだから不思議なものだと思う。だが、横浜がまた住んでみたい街かどうかは分からない。(07.4.8)

  追記 横浜の話を書いたきょう、長い間横浜に住み、定年より1年早く社をやめ、故郷の四国に帰って田舎暮らしを楽しんでいた67歳の先輩が亡くなったという知らせをもらった。横浜と札幌をこよなく愛した人だった。現役時代からC型肝炎を患い、無理はできない体だったが、頑張り屋で粘り強い仕事をする人だった。教育の取材をライフワークにしていた。

  退職後は奥様と2人で田舎暮らしを楽しんでいると聞いていた。それなのに、突然の訃報である。平均寿命までにはまだかなり年月があるし、やり残したこともあったのではないか。訃報を聞いて、私は「あなたの人生は充実していたのではないでしょうか」という言葉を贈りたいと思った。

 

 ※これまで住んだ街を紹介していきます。次回は、東京都国立市です。