小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

91 高齢化社会の現実 整形外科病院の老人たち

 数年前、ゴルフをしていてぬかるんでいた斜面で転倒した。背中をしたたかに打った。その時、首も少し痛めた。病院に行くほどはないとたかをくくり、そのまま数ヵ月痛みを我慢した。

  いつしか痛みはなくなり、転んだことも忘れていた。ことし1月末から2月にかけ、仕事で長時間飛行機に乗った。仕事が終わってみると、首の痛みが再発した。同じ姿勢を余儀なくされた結果である。それは飛行機で旅行をする人に現れる「エコノミー症候群」に似ているかもしれない。

  今回もすぐに治ると信じていた。しかし、1ヵ月が過ぎてもその症状に変化はない。横を向くのもつらいのだ。まして、車を運転していてバックするのは難しい。仕方なく整形外科に行った。X線を撮る。医者が言うには「だいぶ首の骨が弱くなったいる」。

  すぐにリハビリの部屋に行く。首を牽引し、電気治療を受ける。そこにいるのはすべてが私より先輩の高齢者のように見えた。両方合わせて25分の物理治療を終え、別の部屋に案内された。

  理学療法士が私の体を見る。「背中の筋肉と腹筋が弱くなっていて、それが首に負担をかけているのです」。「背中が丸くなっていますね」彼は私の体の弱点をすぐに見分けたのである。

  実は、この部屋にいた10数人の人たちもまた私の先輩としか思えなかった。日本は未曾有の高齢化社会に突入しつつある。それでも平均寿命は世界に冠たるものがある。だが、このように多くの老人たちが病院にいるのも事実なのだ。

  私の散歩コースの遊歩道は1周すると6・4キロある。多くの高齢者が散歩を楽しんでいる。朝から2周もする老人を見かける。それほどに健康志向の人たちが多いにもかかわらず、病院は老人たちでいっぱいなのだ。

  高齢化社会のこれが現実の姿なのである。70歳以上の老人医療費が2割負担から3割になった。はたしてそれで病院から老人たちの足が遠のくのだろうか。答えを先輩たちに聞いてみたいと思う。