小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

66 千の風になって  ある墓碑銘

 

 一昨年秋、家から徒歩圏に自分の墓を買った。ここを決めるまで紆余曲折があった。生まれ故郷に先祖伝来の墓があるのだが、やはり近くの方がいいと思い、ここに決めた。

 その過程で、いくつかの霊園を見学した。その中で、やや遠いものの気になったのは、芝生霊園だった。日本古来の墓地の雰囲気ではない。ピクニックに行ってもおかしくない、公園のような明るさがある。

  霊園で目に入ったのが「千の風になって」という詩が書かれた墓だった。外人墓地風の横に長い石を使ったしゃれたものだ。霊園の関係者に聞くと、ある書店を長く経営した人の墓だそうで、奥さんが亡くなった主を思い、建立したのだという。

  その時よりやや早く、作家の新井満がラジオで「千の風になって」という詩の由来を話していたのを偶然聞いていたので、この詩を墓碑にしたのだと気がついた。

  新井は新潟市の出身で、弁護士の幼なじみがいる。その幼なじみの彼には奥さんと3人の子供がいたが、奥さんががんになり、亡くなってしまう。残された幼なじみと子供たちの悲しみは大きく、新井はかける言葉もなかったという。

  亡くなった友人の奥さんは地域のために様々な活動をしており、その仲間たち が協力して追悼文集を出した。それが「千の風になって-川上桂子さんに寄せて-」という文集だった。

  文集には「千の風」の翻訳詩があった。新井はその詩に感動して英訳詩を探し、翻訳した。さらにこれに曲をつけ、CDにしたのである。新井の詩とCDは静かに広まっていった。昨年の NHK紅白歌合戦テノール歌手の秋川雅史が歌った。

  紅白の影響力は大きく、きょうはCD売れ行き1位になったそうだ。いまの時代は喪失の悲しみを背負った人が多いということだろうか。先に紹介した北海道の知人ら最愛の人を亡くした多くの人にこの詩を贈りたいと思う。

 

千の風になって

 

私のお墓の前で 泣かないでください

そこに私はいません 眠ってなんかいません

千の風

千の風になって

あの大きな空を

吹きわたっています

 

秋には光になって 畑にふりそそぐ

冬はダイヤのように きらめく雪になる

朝は鳥になって あなたを目覚めさせる

夜は星になって あなたを見守る

 

私のお墓の前で 泣かないでください

そこに私はいません 死んでなんかいません

千の風

千の風になって

あの大きな空を

吹きわたっています

 

千の風

千の風になって

あの大きな空を

吹きわたっています

 

あの大きな空を

吹きわたっています