小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

1387 200万部売れた本 芥川賞は「又吉現象」

画像本は売れないという最近の出版界の常識を覆すように、第153回芥川賞を受賞した又吉直樹『火花』の発行部数が200万部を超えたという。今年の十大ニュースにノミネートされる現象といっていいだろう。駅の売店で、この作品が載っている文藝春秋9月号を買って、もう一つの芥川賞受賞作品、羽田圭介の『スクラップ・アンド・ビルド』とともに読んでみた。批判を恐れずに書くと、又吉作品がなぜ200万部以上売れるのか理解できなかった。 芥川賞と同時に発表になった直木賞東山彰良の『流』は先に読んでいた。芥川賞直木賞の違いは別にして、3つの作品を読み比べた印象は『流』が一番よかった。 このうち『火花』は、お笑い芸人の語り手が意気投合した同じ芸人の先輩と10年に及ぶ付き合いを淡々と描き、芸人の世界の裏側を明かしている。生硬ながら真面目さを感じさせる文章で、作者の生き方が伝わるという点では好感を持った。だが、結末で先輩が豊胸している姿を見せることに違和感を持った。売れない芸人とはいえ、ゲイでもない男の豊胸はグロテスクでしかない。 『スクラップ・アンド・ビルド』は高齢化社会の現代を風刺した作品といっていい。主要な登場人物は祖父と母と勤務先を自己退職し、行政書士の勉強をしながら新しい仕事を探している僕という語り手の3人だ。祖父は高齢で身体が不自由になりつつあり、認知症の気配もある。日常的に祖父の面倒を見る語り手の心理的動きが読ませる作品だが、こちらも結末に不満を持った。 語り手は就職が決まり、祖父と母が住むマンションを離れ会社の寮に入るという設定だ。日常的に祖父の存在をうっとうしく思っていた母が、2人になってしまうことにどんな思いを抱いたのか、書かれていないのだ。語り手が再就職を果たしたので明るい結末のように読み取ることもできようが、母親と祖父の葛藤を考えると、やはり違和感が残るのだ。 その点、『流』には違和感はない。台北を舞台に、愛する祖父を殺された主人公が無軌道な生活を繰り返しながらも犯人を追及し、ついには中国本土にまで足を延ばして事件の真相を突き止める。台湾の歴史がちりばめられたスケールの大きな作品で、最近読んだ小説では出色だ。 文學作品で『火花』のように超がつくほどのベストセラーになったことで思い起こすのは、村上春樹の『1Q84』『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』である。出版社が村上春樹とメディアをうまく利用し、経営的に一息ついた。お笑い芸人の作家誕生ということで、今回も似た構図といっていい。日本人は流行を追う国民性があり、熱しやすく冷めやすい民族でもあることを象徴したのが、今回の「又吉現象」といっていい。