小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

1134 人の生き方を問いかけるアニメ 宮崎駿監督の「風立ちぬ」

画像どんな世の中でも自分の仕事に打ち込む姿は悪くはない。政治や社会情勢に引きずられることなく、仕事ができれば幸せなことだ。宮崎駿監督のアニメ「風立ちぬ」を見て、そう思った。 私たちも含め、多くの人は時代にほんろうされて生きている。このアニメの主人公である堀越二郎は厳しい時代に生きた。だが、彼はそうした時代にあって、戦闘機を設計するという仕事に没頭し、菜穂子という薄幸な女性を愛する。どこか矛盾をはらんだ生き方だと批判するのはたやすい。それは平和な現代に生きる私の勝手な思いなのかもしれない。 このアニメは、太平洋戦争当時零戦ゼロ戦)を設計した実在の飛行機設計家である堀越二郎と、堀辰雄の小説、風立ちぬのヒロインの節子をモデルに、当時としては不治の病である結核に侵された菜穂子(堀辰雄の晩年の小説に「菜穂子」という題名の小説がある)を中心に物語が進行していく。関東大震災の時の出会い、軽井沢での再会という2人の恋物語と堀越の戦闘機設計という仕事の状況が同時進行的に描かれていく。そして、堀越は仕事も恋も両立させる。結核療養所から脱け出して、ふらつく体で恋する堀越の元へと行き着く菜穂子のいじらしさ、2人が堀越の上司夫妻の計らいで結婚式を挙げるシーンは哀しくて、美しい。 時代は大正から昭和へと至る激動期にあった。日本は満州国をつくり、日中戦争を起し、太平洋戦争へと突き進んでいく。そうした時代に堀越は、自分の好きな飛行機作りの道を歩んでいる。この仕事は戦争に協力するもので、零戦という優秀な戦闘機をつくったがゆえに多くの若者を死に追いやったという結果論的な見方もできよう。しかし、このアニメで宮崎監督はそうした見方は一切排除し、純粋に飛行機が好きで懸命にいい飛行機をつくろうとする男の姿を描いた。それがいいのか悪いのか。 これまで、宮崎監督のアニメの多くは私の知る限り悪に対して、敢然と立ち向かう主人公を配してきた。だが、この「風立ちぬ」はそうした範疇には入らない。自分の好きな仕事に没頭する男の純粋さを強く訴えており、人の生き方とは何かを考えさせられるのだ。 韓国でもこのアニメは9月に公開される予定だが、韓国内では「戦争を美化している」という批判が出ているそうだ。見ようによればそうした見方もできる。これに対し宮崎監督は26日、韓国メディアを対象にした異例の記者会見を開き、次のようなことを語ったと報道されている。 「戦争の時代を 一生懸命に生きた人が断罪されてもいいのかと疑問を感じている。当時、飛行機を作ろうと思ったら、軍用機を作るしかなかった。そうした時代の中で生きて、 自分の仕事を一生懸命やり続けると、マイナスを背負ってしまう。堀越二郎が正しいと思って、 映画を作ったのではないが、彼が間違えたと簡単に決めつけたくなかった。堀越は軍の要求に抵抗して生きた人物だ。 あの時代を生きたというだけで罪を負うべきだろうか」 この記事を読み、あらためてその時代をどう生きればいいのか、宮崎監督の問いかけは重いという印象を抱いた。来月28日からイタリアで開催される第70回ベネチア国際映画祭で、最高賞「金獅子賞」を競うコンペティション部門の上映作品にこの作品が選ばれたという。やはり宮崎作品の注目度は高いのだろう。