小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

747 斎藤に託す北海道の活力 長嶋以来のスターを迎えた札幌ドーム

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たまたま札幌周辺を旅していてプロ野球の日本ハムへの入団が決まった早大斎藤佑樹投手の記者会見が札幌ドームであったことを知った。ドームを無料開放した日ハムの演出もうまいと思ったが、北海道のNHKをはじめとするテレビ局が生中継したのには驚いた。

斎藤君というスターを起爆剤として北海道に活力を取り戻そうとする道民の切実な気持ちが背景にあるのではないかと考えた。

「景気の落ち込みが一番早くやってきて、回復が最後になるのは北海道と沖縄だ」というのが定説であり、北海道の経済は依然厳しい状況が続いている。最近、長い間札幌の歓楽街の「すすきの」にある小さなスナックから、年内限りで店を閉めるというあいさつのはがきが届いた。2回にわたって札幌に勤務した当時、よく通った店だが「すすきの」も長引く不況で閑古鳥が鳴くことが増え、店の維持はきつく体力も弱ったのを機会にやめる決断をしたのだそうだ。時は流れ、人はいつしか転機を迎えるのだと思う。

たまたま札幌へ出かける機会があり、顔を出した。Kさん一人で25年間ずうっとやってきた店であり、この夜もカウンターの中でKさんが頑張っていた。いつも顔を合わせる人もいて昔話で盛り上がった。雪まつりにちなむ話もあった。

Kさんの紹介で一人の女性と後輩が出会った。雪まつりの前夜祭のことだ。Kさんはこの女性を「赤毛のアンのように、明るくて可愛い」といつも言っていた。

後輩は上背が180センチと長身で好青年だが、スキーに熱中し女性とは縁がなかった。2人は客の少ない時間帯にKさんのスナックで会って、紹介されると30分ほどして店を出て行ったという。Kさんは、互いに気に入らなかったのだと思った。それは違っていた。

後で聞いたところでは、顔を見た瞬間2人同時に「あ!この人だ」と感じたというのだ。うそのような本当の話である。店を出た後どうしたか。2人は雪まつり前夜祭の大通公園を、手をつなぎながら行ったり来たり歩き続けたのだ。2月の札幌の夜は氷点下10度前後まで冷え込む。

そんな中をよく歩いたものだと思う。寒さを忘れさせる「人生に一度」の熱い体験だったのかもしれない。

夜が明けて、2人はその足で女性の自宅に行く。心配してまんじりともしないで夜を明かした女性の両親の驚きは尋常ではなかったはずだ。それでも、土下座しながら「お嬢さんと結婚させてください」と申し込んだ後輩の言葉に、父親はうなずいてくれたという。必死の思いが伝わったのだろう。

それから半年して2人は結婚し、現在は東京で暮らしている。Kさんの店に行くと、こんな2人の話が必ず話題になる。それはうらやましくもほほえましい話だからだ。当然のように、今回もこの話でかなりの時間が過ぎた。

「本当に大通公園で夜を明かしたのか」「よくお父さんは許したな」などと、この夜もいろいろなコメントが交わされた。

2人に続いて斎藤君に話題が移った。野球に詳しい「玄人筋」の人たちの斎藤評は厳しいと聞く。甲子園で戦った楽天の田中マー君が順調に伸びたのに対し、斎藤君はプロで活躍できるか疑問であり、プロに入って苦労するのではないかというのが大方の見方のようなのだ。

だが、札幌の人たちからはそんなきつい言葉は出ない。それよりも、神宮球場を沸かせた「長嶋茂雄」以来のスターが札幌にきたことに諸手を挙げて歓迎しているのだ。それはきょう記者会見があった札幌ドームに8000人の人たちが詰めかけたことでも理解できる。

北海道の人たちは斎藤君が言うように「温かな人たち」なのだ。そんな人たちに囲まれて斎藤君は、近い将来世評を覆す快刀乱麻のピッチングを披露するかもしれない。