小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

720 不条理の哲学との格闘 再読「ペスト」

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カミュの「ペスト」を再読した。いまの時期にどうしてか、別に大きな理由はない。 少し長い旅に出たので、その合間に読もうと思って近くにあった文庫本を手にした。それがこんなにてこずるとは・・・。フランス語は知らないから、この作品が「簡潔な文章」の手本だといわれても、よく分からない。約1カ月かけて読了して、人生は「不条理」だと思った。 それは、カミュの世界に浸ったものだったのかもしれない。アルジュリアのオランという町がペストに襲われ、この町に住む人々は次々に犠牲になる。登場人物たちも明日を知れない運命を背負い、懸命にペストとの戦いに挑む。 中心人物は医師のリウーとよそ者のタルーだが、ほかにも何人かの個性的な人物をカミュは用意した。老吏グラン、新聞記者ランベール、犯罪者コタール、司祭パヌルー、そして判事のオトンと老医カステル、喘息持ちの老人といったところだが、悪疫によって恋人と離ればなれになってしまったランベールは町を脱け出そうと焦る軽薄な記者かと思ったが、物語が進んでいくにつれ、彼はく戦いに挑むリウーたちに共感を覚え、その協力者として動くようになる。 その展開がスリリングである。 訳者の宮崎嶺雄は「幸福への熱望を通して友愛と連帯感に到達したランベールはある意味でこの小説の真の主人公と言いうる」と書いている。 困難な局面に立たされた場合、人はどのような生き方をするのだろうか。そこで人間性が浮かび上がるわけで、カミュはそうした人たちの姿を克明につづる。ペストの終わりがやってきてもリウをはじめ、主要な登場人物たちにも非情な事態がやってくる。主人公のリウは町を離れて病気療養中の妻を亡くしてしまうし、リウーと一緒にペストと戦ったタルーはペストの終息期に犠牲になってしまう。 それにしても、疲れる小説だ。[「不条理の哲学」というカミュの思想を具現した作品」(宮崎の解説より)なのだが、カミュが何を言いたいのかを考えながら読んでいると、容易に頁が進まないのだ。 宮崎が言うように、ペストに襲われ、外部と遮断された一都市の中で悪疫と戦う市民たちという体裁をとったこの物語からは、死や病の苦痛など人生の不条理、人間内部の悪徳や弱さ、貧苦、戦争、全体主義など、さまざまなことを感じ取ることができる。この作品は幅広さ、多様性という面でも際立っているのだろう。 読み終えて抱いた感想は、危機に瀕したとき人間はいかに団結してその問題に立ち向かうべきかということだ。チリの落盤事故で700メートルの地下に70日にわたって閉じ込められた33人の作業員たちの姿からもそれはよく理解できる。 しかし私は昔からこうした考え方に背を向けていたなと思う。孤独を好み、一匹狼を自認していたのだ。それがいかに問題がある考え方だったかは、いまさら言うまでもない。(カミュは44歳でノーベル文学賞を受賞し、47歳の若さで自動車事故で亡くなっている) (写真は南イタリアアルベロベッロ