小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

593 パノラマの世界を独り占め 47都道府県目の鳥取

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空はどんよりとしていて、いまにも滴が落ちてきそうな寒い日だった。私は標高わずか90メートルという米子城跡にいた。飛行機までの時間をやりくりして頂までの山道を歩いた。(写真は米子城跡から見た大山) 風邪気味で体調はよくない。しかし、急な勾配を歩いて約20分で頂上に到着した。そこには予想もしない360度のパノラマの世界が待っていた。 これまで日本各地を旅し、未踏の県は大分と鳥取だけになっていた。そのうち大分は昨年訪ねる機会があり、残るは鳥取だけとなった。実は鳥取についても昨年9月に行く予定があったのだが、台風のために中止したのだった。 そんな訳ありの鳥取第2の都市、米子に今週初め行ってきた。これで47都道府県全部を踏破したことになる。よく歩いたものだと思う。 鳥取、島根といえば日本の過疎地帯として知られる。その鳥取で米子は県庁所在地の鳥取市(直近の人口は約19万8000人)に次ぐ大きな都市(人口約15万人)だ。かつての城下町で、JR米子駅から中心部へと至る街並みは、昨年NHKのドラマで一躍脚光を浴びた山形県米沢市に似ている。城跡はその街を見下ろす丘にあった。 米子の街並と海が目の前にある。街並の後方には、伯耆富士といわれる大山がそびえている。深田久弥の「日本は百名山」に入っているし、富士山、立山御嶽山とともに「日本四名山」ともいわれるほど日本を代表する山で、その山容は美しい。城跡にはだれもいない。まさにパノラマの世界を独り占めにした感じだ。 ベンチに腰をかけ、雪を抱いた大山を眺める。雪はそう多くはない。頂に目をやると、その付近は雲に覆われている。麓には米子の街が広がっている。海を客船が走っている。無風状態の音のない世界にいるのは、私1人だけだ。 かつて、ここには米子城があった。城には大天守と小天守という2つの天守閣があったが、明治維新で官軍に功労のあった士族に払い下げられた。しかし、もてあました士族が道具屋に売り払い、解体された城の木材は風呂屋の燃料となったという。日本にも世界にも愚かな人間は存在するのだ。そんな歴史を思いながら大山を見続ける。 しばらくして城跡から下る途中でポツリ、ポツリと雨が降ってきた。傘がない私は、あきらめの心境で駅に向かった。途中で雨はやんだ。中心にあるアーケード街は「シャッター通り」になっていて心まで冷えてきた。もう午後1時が過ぎている。 JRの米子駅まで戻り、駅ビル内にある食堂に入り、ビーフカレーを注文する。たばこの煙にむせながら、待つこと約15分。ようやくカレーが届く。いい味だ。冷えた体が次第に温まってくるのを覚えた。神様は粋なことをしてくれると思った。
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(新幹線の車窓から撮影した富士山)