小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

566 「風の道」の噴水ものがたり

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散歩コースに私が「風の道」と名付けた遊歩道がある。かなり長い遊歩道の一部にマロニエの木が植えられ、その近くには噴水広場がある。

秋になると、マロニエの実と葉が風に吹かれて遊歩道に落ちてくる。その光景が気に入っている噴水広場に、最近うれしい変化があった。噴水を囲む人工池が美しい花壇に生まれ変わったのだ。

人工池は円形で半径は2、3メートル。広場の真ん中にあり、風の道の象徴だった。かつて、山や森を切り崩して街づくりをした際、設計者は「斬新さ」を狙ったのだろう。街をぐるりと囲むように遊歩道をつくった。そこには様々な工夫を施した。噴水広場、石造りの東西南北を示す4つの標識、同じく石造りの円形の休憩場所、円形の石畳に設置された低い街路灯などだ。

そうした施設は噴水広場を除き、歩行者には邪魔な代物になっていた。街路灯はすぐに破壊されて、手の届かない高いものに代えられた。休憩場所を利用する人はほとんどなく、東西南北の標識はだれも見向きもしないし、自転車でそこを通ると、気をつけないと石に衝突する心配もある。

さて噴水である。つくられた当初は水が流れ、池もきれいだった。しかし数年して、財政状態が悪化すると噴水が止まり、池に水がなくなった。水のない人工池は無残な姿をさらした。そこに心ない人がジュースとビールの空き缶やペットボトルなどを捨て、若者もたばこの吸殻をポイ捨てする。たまに掃除をしても、ゴミ捨ては繰り返される。そんな状態が10数年続いた。

ここ数年、この噴水広場では近所の人たちが朝6時半になるとラジオ体操をするようになった。この人たちが「このままでは恥ずかしい、噴水池を何とかしよう」と動き、市と交渉し池を土で埋め、そこに花壇をつくる計画を立てた。

その熱意が実り、噴水池はパンジーを中心とする花壇に生まれ変わった。だが、コンクリートの人工池に土を入れたわけだから水はけが悪く、大雨が降ると花壇は水浸しになる。

そのためにたまった水をくみ出す人たちの姿が見られた。現在は花壇の土の中に、水はけのための石を敷き詰め、少し効果はあるようだ。しかし梅雨の時期には水との闘いが繰り返されるかもしれない。池の周囲は高さ7、80センでレンガが埋められている。この所々に「水抜き穴」を開ければいいと思うが、まだ実施されていない。

バブル経済時代、全国の自治体は様々な「箱モノ」をつくった。だが、ほとんど利用されないまま放置された。小さいとはいえ噴水池もその一つだった。その後始末をしたのは、住民たちだった。風の道には、そんな小さな物語がある。