小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

424 経済報道についての一考察 企業の内部留保33兆円

雇用の大幅削減を一斉に大手企業が進めている。旧聞になるが、これに絡んで日本を代表する大手企業16社の内部留保が過去最高の33兆円に達したという記事が昨年末出たことを記憶している。この記事をめぐって、賛否両論が相次いだことを記事を配信した共同通信の河原経済部長が「メディア展望」という冊子に書いている。

批判を承知した上で記事を出した理由を知って、これまであまり信用していなかった経済記者の気骨を感じ、少しだけ見直してもいい気分になった。河原氏は現在の経済危機について長文を寄せているが、ここでは内部留保に絞って紹介する。

それによると、この記事を疑問視する人のロジック(論法あるいは論理)は「内部留保は企業が設備投資や研究開発に使うためのものであり、不測の事態に備えるものである。しかも現金で持っているわけではない。これを雇用維持のために使うというのは経営を知らない人の理屈だ」というものだ。経済部の中には「こんな記事を出すと恥を書く」といって、配信に反対したデスクもいたそうだ。

しかし、そうした声を聞いて原稿を配信すべきだと判断したという。その理由について「批判する方々との差異は企業の在り方、経済社会の在り方についての違いであって、記事に事実誤認があるわけではない。少なくとも混沌とした世の中で論争の焦点になる記事になると思った。平時の経済常識に照らせば、内部留保と雇用問題を結び付けること自体がおかしい。ただ、いまは平時の常識が問われる非常時だ。この記事を経済社会の枠組みを変えるための議論の素材として出すことは十分に意味があることだと思った」と説明する。

この記事は結果的に大きな反響があり、財界首脳は「しばらく共同とは口を聞かんぞ」とカンカンに怒った。この記事を掲載した地方紙に対し地方の大手企業からは「こんな記事を載せる新聞なら取らない」という脅しがあり、一方で主婦やサラリーマンからは「よく書いてくれた」という声が寄せられたという。

河原氏は「議論が沸騰したという意味でこの記事は成功だった。こういうときにこそ、言論の機能、百家争鳴の素材をしっかり提示することが、斜陽といわれる新聞ジャーナリズムを元気にさせる一つの秘訣なのかもしれない」と振り返っている。

財界首脳は「経済の原則に楯突いた記事だ」と思っただろう。さらに痛いところを突かれ、怒り心頭に発したのかもしれない。私を含め経済オンチは「それだけの内部留保があるなら、雇用維持に使えばいいじゃないか」と受け止める。

そうした声が掲載した新聞社に数多く寄せられたそうだ。「人間よりも企業を主体とした経済システムの行き過ぎが経済社会を混乱させた。派遣切りなどの問題も雇用の調整弁という言葉自体に歪んだ社会の在り方が浮かんでいる」という河原氏の指摘は、重い。

以下はその記事全文

大手製造業、株主重視で人員削減 内部留保、空前の33兆円

 

大量の人員削減を進めるトヨタ自動車キヤノンなど日本を代表する大手製造業16社で、利益から配当金などを引いた2008年9月末の内部留保合計額が、景気回復前の02年3月期末から倍増し空前の約33兆6000億円に達したことが23日、共同通信社の集計で明らかになった。

 過去の好景気による利益が、人件費に回らず巨額余資として企業内部に積み上がった格好。08年4月以降に判明した各社の人員削減合計数は約4万人に上るが世界的な景気後退に直面する企業は財務基盤の強化を優先、人員削減を中心とするリストラは今後も加速する見通し。

 08年度の純利益減少は必至の情勢だが配当水準を維持、増やす方針の企業が目立ち株主重視の姿勢も鮮明だ。

 派遣社員などで組織する労働組合は「労働者への還元が不十分なまま利益をため込んだ上、業績が不透明になった途端、安易に人減らしに頼っている」と批判している。

 集計によると内部留保の合計は01年度末の約17兆円から08年9月末に98%も増加。この間に米国の金融資本主義が広がり「株主重視」の経営を求める風潮が日本でも強まった。増配や自社株買いなどで市場での評価を高める経営手法がもてはやされた。

 調査対象はキヤノン、リコー、シャープ、ソニー富士通、NEC、日立製作所東芝パナソニックの電機・精密9社と、トヨタ自動車日産自動車、ホンダ、マツダ、スズキ、いすゞ自動車デンソーの自動車業界7社。(青森の東奥日報は、この記事を一面トップで扱い、見出しの一本に「企業の強欲歯止めを」という表現を使っている)