小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

365 駆け足の2008年 広島にて

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ことしも12月になった。年をとるごとに時間の経過が早く感じる。フランスの19世紀の心理学者ピエール・ジャネによる「ジャネの法則」がそれを裏付けたものとして知られる。もともと哲学者のポール・ジャネが発案し、甥のピエールが論文に著したのだという。 それによると、生涯のある時期の時間の心理的な長さは年齢の逆数に比例し、年齢に反比例するというのだ。10歳の子どもが感じる1年は、60歳の人間にとっては6分の1の2ヵ月になるというから、年齢を経るに従い1年が早く感じるのは当然なのだろう。科学的根拠ははっきりしないが、実感はその通りだ。 私にとって2008年は文字通り「駆け足」で過ぎていく年になりつつある。そんな1年を振り返るのはやや早いのだが、ことし訪れた地域で沖縄、長崎、広島が心に残った。初めての訪問ではなかったが、あらためてその歴史に触れ、63年前の悲劇をきのうのことのように思った。そこには歴史を風化させない何かがあった。 11月下旬。広島平和公園は美しい季節を迎えていた。公園の木はその葉が赤く染まり、乾いた空気の中で原爆ドームもくっきりと浮かび上がっている。原爆の歴史について展示した平和資料館は、見学の子どもたちでにぎわっている。原爆ドームの裏手にある広島市民球場は1957年7月のオープン以来51年の歴史を持つが、老朽化したため新球場が建設され、来年春には新広島市民球場がJR広島駅東側の貨物ヤード跡地に完成するという。
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市民球場には、来年3月31日をもって閉鎖される球場への思いを込めた「夢と感動をありがとう」という横断幕が掲げられている。原爆投下で大きな惨禍を受けた広島の人々にとって、この球場は「戦後の広島復興の象徴」として位置づけられており、新しい球場ができても、人々の記憶からは消えないのではないかと思った。 先に記したように、ことしは縁があって沖縄、長崎、広島を訪問した。戦後63年の時が流れたとはいえ、そこには時間が止まったままのような空間があった。そして、私の耳には「戦争の悲惨さを風化させないでほしい」という犠牲者たちの叫びが聞こえてきたのだった。