小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

325 躍動する朱色の世界 絹谷幸二展

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金曜日の夕方、私は心も体も疲れ切っていた。このところ重いテーマのイベントに接することが多かったからだ。だが、会場に一歩足を踏み入れると、その疲れを忘れてしまった。日本橋高島屋で開かれている「絹谷幸二展」でのことだ。 それは朱色の世界であり、力強く生きてほしいと見る者に訴えかける大作の連続だった。会場の入り口に絹谷さんのメッセージが掲げてあった。 -近ごろ、地球上の人間や植物、動物たちにとって、色彩とは実に大切なものと思うようになった。砂漠や宇宙、深海など色のない世界では生物の存在が難しくなる。人間も年老いていけばカラスの濡れ場色をまといがちになり、戦争になれば国防色が主流になる。人が死ねば葬儀は白黒に覆われるといったように、色彩が薄れるのは危機的状況に陥る一つの証拠だ。 活気ある人間本来の姿を取り戻すことこそ、美しい鳥や花と同列にあり、美しい自然に帰ることです。色彩があるところでは緑があり、花があり、命を育んでくれる平和で喜びに満ちた場所。私はそういう確信のもとに元気あふれる絵を描いている-。 絹谷さんは現代洋画界の第1人者といわれる。会場には「朱」あるいは「赤」を基調にした約50点の作品が展示されていた。歩を進めるに従い、絹谷さんの世界へと入り込んでいた。 テーマを分けて展示していたが、最初の「賛歌」から、度肝を抜かれたのだ。富士山やベネチアの朝日が次々に登場する。「富獄竜神飛翔」は中でも目に焼きつく。新作という「祭り」を題材にした作品は一番気に入った。 博多祗園山笠や東大寺のたいまつ行事・修二会 、阿波踊りといった日本の伝統行事を躍動感あふれる筆遣いで描いた作品を見れば、だれもが元気を回復すると思う。 さらに、「菩提心」という大作にも、足が止まった。阿弥陀如来を挟んで左右に威徳明王不動明王を配していて絹谷の平和への「祈り」が伝わるのだ。 絹谷さんは、ルネッサンス時代の「フレスコ壁画」に魅せられ、その手法を学び、自分のものとした。美術評論家の富山秀男氏によると「フレスコ画法は生乾きの漆喰壁が乾ききらないうちに水性顔料で描くもので、相当なスピードが必要。原色調の鮮やかな色彩と奔放自在な形態表現で一気に自分のイメージを定着させるたくましい腕っ節を鍛え上げた」のだという。 人を惹きつける温かさを感じる絵画展だった。長野冬季五輪の公式ポスターも絹谷さんの作品で、ポスターを見ながら感動した数々のシーンを思い出した。