小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

296 「朝の散歩」 詩人の命の声

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友人の詩人、飯島正治さんから最新の詩集「朝の散歩」が届いた。何げない日常を26篇の詩にまとめ、美しい言葉で綴っている。文芸評論家の秋山駿さん流にいえば「生きることを喜び、その喜びを深くするために、愉しんで書いている。愉しく書くそこから、命の声が静かに聞こえる」詩集なのである。

詩人は、文章の達人である。それは研ぎ澄まされた刀のように、曇りがないのだ。飯島さんは、新聞記者のかたわら詩を書き続けた。文章を書くという共通性はあっても、詩と新聞記事は違う。詩は読む人の想像をかきたてる要素がある。新聞記事は、いま起きている事象を分かりやすく伝えるのが使命だ。そこには想像という要素が入り込んではならないのだ。

飯島さんだから、その使い分けができたのだろう。2つの文章の世界を貫いた飯島さんは、数年前に現役を去り、詩の創作1本に打ち込んでいる。次に紹介する2つの詩からは、飯島さんの人となりが想像できる。

「日々」                        

五月の嵐が止んだ午後 

濡れた庭土に花びらが散り敷いている

スパゲッテイをゆでていると

遠くへ嫁いだばかりの娘の

明るい声が聞こえたような気がした

「塩をちょっと入れてゆでるのよ、お父さん」

 

春の嵐が過ぎて

新しい家庭を持つ前の穏やかな日々

スパゲッテイをゆでる度に言われた

娘の言葉だった

手をつないで花火を見に行ったこと

浜辺で歓声をあげたこと

幼かった娘の姿が

いっぺんに浮かんでくる

私の過ぎ去った日々が見えてくる

老いてゆく日々も見えてくる

陽がさして新しい緑がまぶしい

庭木に架けた餌台に子雀が来て

パン屑をしきりに啄ばんでいる

「流氷」

シベリアの捕虜収容所に送られて

六十年も消息が分からなかった父親が

突然パソコンの画面に

カタカナだけになって現れた

帰還した一人がこつこつ調べた死者名簿の

四万六千人の一人だった。

名簿には

アムール川の名を冠した下流の町に

埋葬されていると記されている

死亡日は重労働を続けて三年後の冬の日

同じ収容所で多くの仲間も春を待てなかった

二月に北海道紋別へ行った

海沿いの山からオホーツク海を望んだ

流氷が白い帯となって沖を埋めている

間宮海峡に注ぐアムールの水が海水を薄めて

蓮の葉の形をした流氷になるのだという

北風が吹いている

やがておびただしい数の氷の葉が

折り重なって海岸を埋め尽くすだろう

凍ったアムール川の底の

わずかな水も海峡をめざして這っている

飯島正治 日本現代詩人会・日本詩人クラブ・埼玉詩人会会員 

詩集「帰還伝説」「無限軌道」「三日月湖」がある。