小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

274 最も大事な本3冊は? 村上流翻訳術

作家であり翻訳にも力を入れている村上春樹は、これまでの人生で巡り合った最も重要な本を3冊上げろといわれたら、答えは決まっているという。スコット・フィッツジェラルド「グレート・ギャッビー」、ドストエススキー「カラマーゾフの兄弟」、レイモンド・チャンドラーロング・グッドバイ」の3作品だ。

中でも「カラマーゾフの兄弟」と「ロング・グッドバイ」は、多くの読者がいる。2作に比べ「グレート・ギャッビー」は、知名度という点では落ちる。だが、この作品に対する村上の思い入れは強い。60歳になったらこの作品を翻訳しようという夢を持っていた。しかし、60歳を前にして翻訳をしたいという気持ちが強くなり、計画の前倒しをしたのだった。

村上の翻訳はうまい。海外の作品なのに文章がしっかりしているので、全く違和感はない。「ロング・グッドバイ」で、その思いを強くしたが、「グレート・ギャッビー」を読み終えて再確認した。背伸びした少年の「ライ麦畑でつかまえて」も含めて、翻訳家としての村上の存在は日本の文学界の中で大きな位置を占める。

ところで、「グレート・ギャッビー」は、華やかな生活を送るギャッビーが破滅するまでの日々を隣人の青年の目を通して描いている。後半の盛り上がりが格別だ。富を得ながら、幸福を得ることができない人間の哀しみが伝わる。

「グレート・ギャッビー」の前に読んだのは、マーク・トウェンの「不思議な少年 第44号」だった。幻想小説だ。伝記作者がマーク・トウェンの死後、最後の作品として発表したのは偽物で、正真正銘のマーク・トウェンの最後の小説がこの第44号だといわれる。

数年前に購入したが、最初の何頁かを読んで、投げ出してしまった。最近になって時間をかけて読み終え、マーク・トウェンが生きているうちになぜ発表しなかったのかを私なりに考えた。この作品を読むと、トム・ソーヤーの冒険で知られる彼のイメージは変わってしまう。悩んだ末に彼は発表をためらい、原稿を机の奥深くしまいこんで死んでいったのかもしれない。そんな不思議な作品なのだ。

キリスト教が登場し、魔法使いも出ている。しかし「ハリー・ポッター」のような夢はない。読んでいてマーク・トウェンは何を言いたいのかよく分からなかった。

さて、村上流に私が人生で巡り合った3冊はなんだろうかと問われたらすぐに答えは出ない。候補はカミュ「ペスト」、カズオ・イシグロ日の名残り」、加賀乙彦「錨のない船」、丸谷才一「たった一人の反乱」、沢木耕太郎深夜特急」、柳田邦男 「マッハの恐怖」を含め数多いのだが。