小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

273 東京には空がない 印象に残る外国人の言葉

 

「東京には空がない」と言ったのは、詩人高村光太郎の妻智恵子だ。光太郎の名作「智恵子抄」で知られる洋画家の智恵子は福島県二本松出身だ。

故郷の二本松に比べれば、東京は人が多く殺伐としており、空気は汚れ、空も青くはない。もう80-90年も前のことだが、智恵子はそう感じた。いま東京に住む人たちや東京に通勤する人々はそんなふうには思わないかもしれない。しかし最近、智恵子と同じ言葉を外国人から聞き、少なからず衝撃を受けた。

縁があって、モンゴルから来日した医師グループと数日を過ごした。一行は東京から富山に行き、「富山の薬」で知られる置き薬について研修を受けた。全国的医療体制が不備なために、富山で300年以上続く置き薬システムをいまモンゴルでも普及させているという。来日した医師たちは最前線でこのシステムの普及活動をしている。

「東京には空がない」とある医師が私に言った。その言葉を聞き、理由に気が付いた。モンゴルのイメージは広大な草原と空と馬たちだ。空はあくまで澄み渡り、空気に汚れはないはずだ。東京はその条件はない。

「東京は街並みも整っていますが、ビルが多くて圧迫されます。空がないのです」と、富山市内を走るバスの中である医師が言うと、他の医師たちも相槌を打った。「でも、富山はウランバートルに似ていて、ゆったりして落ち着きます」と、彼は付け加えた。

東京と富山を比べれば、確かにそうだろう。かつて経済企画庁が「豊かさ指数」を発表し、何年か連続して富山県が全国一になった。富山は日本で一番住みやすい地域に認定されたのだ。家も広くて立派だし、道路も広い。

昔から富山の薬売りで知られるように、商売もうまい。だから生活にも困らない。そんな背景から富山が一番になったようだ。

五月晴れの中を、富山市内を歩くと遠くに雪を抱いた立山連峰が目に入る。高峰を食い入るように見つめる医師たちを観察しながら智恵子が富山に住んだら、光太郎に何とささやいただろうかと思った。「富山には立山があり、空がある」と言ったのなら平凡だ。もっと詩的なことを口にしたのかもしれないと夢想する。