小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

243 ある団塊の世代の転身 活字から語りの世界に

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誠実を絵に描いたような男がいる。その生き方は真っ直ぐで、その姿を見る度に清々しさを感じる。定年を機に「メディアつれづれ帖」(株式会社虔発行)という本を出版した角田光男氏だ。 東京・下町に生まれ、長い間メディアの世界に身を置いた。この本は、その集大成である。彼は3月から、東京のUHFテレビ局であるMXテレビの朝の番組で顔を見せている。その語り口は分かりやすくて、丁寧だ。文字の世界から語りの世界への転身。多くの友人が彼の朝の語りを見守っている。 彼は大学(東京工大)では社会工学を専攻した。卒業後入社したメディアは、当然のように彼を科学記者として育てようとし、科学部に配置する。それが向いていないと思った彼は、社会部記者への転身を計る。 仙台や盛岡を経験したあと、念願の社会部へと異動し、人間の喜びや悲しみと向き合いながら、仕事を続ける。その思いは、つれづれ帳の中の「たどってきた道」に詳しく書かれている。 人を育てることの大切さを先輩の言葉として紹介している。「入社当時、原稿が書けなくてしょっちゅうデスクにどなられていた私に、ある先輩記者が『デスクは人の育て方を知らねえよなー。芸者、役者、記者なんていうのは、ほめればツヤが出るってもんよ。怒ってばかりいないで、時には気のきいたせりふのひとつもいってみろー』といって、言語障害になりかかっていた新人の私を励ましてくれたのを思い出した」 そういえば、彼が怒るのを見たことは皆無に近かった。人間とお祭が好きな彼は、東京の三社祭と盛岡のさんさ踊りを交流させることに手を貸した。本には書いていないが、こんなエピソードもある。 東京から仙台に転勤する東北本線の特急の席で隣合わせたヤクザの親分風の男と親しくなった。仙台で下車する彼に対し、親分は「気に入った。きょうの記念に俺の腕時計と交換しよう」と持ちかけ自分の腕時計を渡した。彼もまだ新しい腕時計を親分に渡した。あとでよく見てみると、安物の時計だったという。 もう一つ。仙台の行きつけの居酒屋で、若いチンピラ風の男たちが口論を始めた。なかなかけんかは収まらない。「お兄さんたち、けんかをするなら外でやりなさいよ」と、彼が注意をする。2人は「何い!」と言いながら、声の主を見る。そこには坊主頭に近い角刈りでがっしりとした体格の彼がいる。学生時代に合気道をやっていたという彼は、独特の風格があり、チンピラたちはたちまち大人しくなった。こんな話題に事欠かない若い時代だった。 時間は彼を円熟味あふれる人間に成長させた。テレビの世界への転身は、彼をさらに成長させるはずだ。