小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

272 大地震が奪った中国庶民の楽しみ 太極拳・フルーツ・李白

 中国・四川大地震は日を追うごとに被害が拡大している。テレビの映像や新聞の写真を見て、隣国でこのような災害に遭っている人々を思うと、やりきれない。中国・北京に住む友人となかなか連絡がとれず、気をもんでいたら、最近ようやくメールが届いた。地方旅行に出かけていたが、四川ではないので安心をという内容だった。

  地震の前に胡錦濤国家主席が来日したテレビを見ながら、家族の間で北京五輪聖火リレーが話題になった。家族は、「オリンピックを控えて、ギョウザ事件もあったしチベット問題もあるし、中国は世界から嫌われているね。では中国のいいところは何だろう。中国の○○さんに聞いてほしいな」と私に頼んだ。

  友人は北京に住んで5年以上になる。家族はあれだけ長くいるのだから、中国が気に入っているに違いないと思っているのだ。私も同感だが、そういえば彼が長くいる理由はよく分からない。そこで1年ぶりにメールをすることにし、家族の質問として「中国に住んでいいと思ったところを3点教えてほしい」と書いた。

  これまでなら返事はすぐに来たが、今回は遅かった。ようやく届いた返事には冒頭のことわりが書いてあったので、ひと安心した。彼は中国のいいところという点について、これまであまり考えたことはなかったようだ。しかし、律儀な彼はちゃんと考えてくれた。「第1に太極拳、第2にフルーツ、第3に詩人の李白」というのである。

 彼によれば、中国人の多くは早朝に公園で太極拳を楽しむ。共働きが普通のため、日本と違い男性が朝食をつくる家庭も少なくなく、主婦も太極拳に参加できるという。彼は朝の公園は大好きだと書いている。太極拳だけでなく気功やダンスをする人もかなりおり、中国は世界最大のダンス国家だと言い切る。早朝からたくさんの人がダンスをしていることについて「ギネスもの」だという。以前、中国を旅行して、朝の光景を思い出した。どこに行っても、公園では多くの人だかりがしていたからだ。太極拳をする人たちだった。

  中国のフルーツは種類も多く、おいしいのだそうだ。彼の解説。8月はブドウの季節であり、バラの香りがするブドウもある。10月のハミクワ、12月のスイカ海南島産)、レイシもうまい。日本産のリンゴ、梨も売っており、タイから輸入したマンゴーも市場では安く手に入るという。彼によると「旅行会社に勤めていたら、おいしいフルーツを食べに中国に行こうと宣伝したいくらい、中国のフルーツはいい」というのだ。

  3つ目の李白は「朝に辞す白帝 彩雲の間」で有名な唐時代の詩人だ。詩聖の杜甫、詩仙の李白と中学時代に学んだことがある。彼は書道教室に通っていて李白の詩は書道のテーマだそうだ。小泉内閣当時の反日感情の強い時期に、彼の書は中級クラスで最高作品に選ばれた。彼が日本人と知りながら、中国人のクラスメートみんなが祝福してくれたという。わが家の床の間には、彼が一時帰国した際土産として持参した「朝に辞す白帝」の掛け軸が飾ってある。

  彼が言うように中国の庶民の多くは、この3つ(李白はよく分からないが)を含んだ「いい点」を楽しみながら日常を送っているだろう。それは地震に見舞われた四川周辺も変わりはなかったはずだ。そうした平凡な日常の楽しみを巨大地震は奪ってしまった。いま四川の被災地では、多くの人々が明日への希望を失い、途方にくれている。四川の人々がこの苦難から立ち上がり、3つのささやかな楽しみに浸ることができるのはいつの日になるのか。