小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

46 『ららら科學の子』

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 第17回三島由紀夫賞を受けた矢作俊彦の小説『ららら科學の子』の映画化が決まったという。題名は手塚治虫の漫画を原作にしたアニメ「鉄腕アトム」の主題歌の一節をとったものだ。 鉄腕アトムのアニメが子供たちに人気だった1968年、学生運動にかかわり、警官に対する殺人未遂容疑で指名手配された主人公は、文化大革命時代の中国に出国し、下方政策によって辺地の農村で30年も過ごした後、違法組織に金を払って日本に再入国する。

 30年後の日本は、浦島太郎の世界に変貌していた。主人公の戸惑いは大きい。初めて見る携帯電話、渋谷で知り合った変わった女子高生、ハワイから主人公の面倒を見る学生時代の親友は裏社会で生きている。親友の手配でホテル住まいをし、若いボディガードが付く。 まさに団塊の世代の話である。同じ時代を共有した人には、共感を得る作品だ。しかし、いまの若い世代にはどうなのか。

 ある雑誌社の編集部員による評価は、3段階でいうとAからCまで見事に分かれている。この作品を三島由紀夫賞に決めた選考委員は、全共闘時代を知る世代が多いのではないかと想像する。 作者は漫画家出身だという。

 それだけに情景描写が優れていて、主人公を中心にした動きを想像しながら読み進めることができる小説だ。主人公が初めての飛行機に乗り、中国人の妻を迎えに再び中国に向かうラストシーンがいい。(単行本2003年9月、文庫本20006年10月文藝春秋