小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

1311 「戦争」を憎むシャガールの絵 チューリヒ美術館展をのぞく

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 マルク・シャガール(1887~1985)の「戦争」を見た。大作の割には立ち止まる人が少なく、時間をかけることができた。国立新美術館で開催中の「チューリヒ美術館展」。展示された74点(絵画大半で一部が彫刻)は、画家たちの代表作といわれるものが多く、見ごたえがあったのだが、シャガールの「戦争」(1964~66年作、1・63メートル×2・31メートル)が一番印象に残る作品だった。

 シャガールは「愛の画家」といわれ、さまざまな愛の形をテーマにした作品で知られ、男が屋根の上に立ち、浮揚した女性の手をつないでいる「散歩」は、日本でも人気が高い。彼は帝政ロシア時代のヴィテブスク(現在のベラルーシ、ヴィーツェプスク)で1887年7月7日に生まれた東欧系ユダヤ人で、ロシアよりもベルリン、パリでの生活が長く、第2次大戦中はアメリカに亡命した。

 この経歴が示す通り、2つの世界大戦とユダヤ人虐殺という困難な時代を生きており、戦争に対する嫌悪感、憎しみは極めて深いものを持っていた。 それが「戦争」の絵に現れている。炎に包まれた街は、彼が生まれ育ったヴィテブスクといわれる。同展を解説した本はこの絵について以下のように記している。

「左側に攻撃を受けたヴィテブスクの街が赤や黄色の炎に包まれ、背後に聖堂の一部が見える。逃げ遅れた多くの市民が大火の中に取り残されており、まさに焼き殺されようとしている凄惨な場面。雪の上で力尽きた人、倒れた子どもの傍らで泣く女性、荷物を背負って懸命に坂を進む人、我が子を懸命に抱きしめる母親。恐怖と悲しみにみちた光景がくり広げられ、中央やや右手では白く巨大な山が山羊か馬のような動物が傷つき、炎に向け怒りのまなざしを向けている。右手奥には、磔になったキリスト像が人々に代って苦難を受け入れるかのようだ」

「戦争」をテーマにした絵画で、記憶に鮮明なのは、ピカソの「ゲルニカ」(1937年作)だ。2009年9月、スペインの首都、マドリードのソフィア王妃芸術センター2階に展示されている縦3・5メートル、横7・8メートルの巨大な作品の前で私は立ち尽くした。

 1936年7月から39年3月まで続いたスペイン内戦で、フランコ将軍側を支援したナチス・ドイツは、スペイン・バスク地方の小都市ゲルニカを無差別に空爆、数多くの市民が犠牲になった。「ゲルニカ」は、その報を聞いたピカソが怒りの意思を込めて描いたとされ、死んだ子を抱きながら泣いている母親や天に救いを求める人、狂ったようにいなないている様子の馬など、戦争の悲惨さを告発した作品である。

 こう書くと、シャガールの「戦争」と似ているように見えるが、ピカソの方は彼特有の抽象画である。だが、2つの作品からは戦争に対する憎しみが強く伝わるという共通性がある。現代は世界が再び戦争へ戦争へと歩みを進めているような、不気味な時代である。そんな時だけに、シャガールの絵は胸に迫るのだ。

 チューリヒ美術館展にはピカソセザンヌゴッホ、ルソー、ミロ、ゴーギャン、モネなど著名な画家たちの作品も展示されている。その中で私はシャガールの「戦争」以外に、エドヴァルド・ムンクの「冬の夜」(1900年作)が気になった。

 暗いフィヨルドを背景に、木々たちが黒い姿をさらし、不安と死への恐怖を抱くムンクの心模様が出ており、有名な「叫び」(今回の展示はなし)を連想させ、現代人の心をとらえるのではないかと思った。

 写真はシャガールの「戦争」(ポストカードより)

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