小径を行く 

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。(筆者=石井克則・遊歩)

2183 ベースボールの道白し 剛速球と本塁打に挑む大谷の驚異

IMG_8091
 
 野球少年にとって、「投手で4番」は夢といっていいだろう。高校野球までは、その夢を実現させる選手は珍しくない。だが、その後急にいなくなるのは、投手と打者、いわゆる二刀流をやるのが極めて難しいからだ。野球を職業とするプロ野球で投手と打者の両方を続け、しかもどちらも一流の成績を収める驚異の選手は大リーグに行った大谷翔平しかいないだろう。その大谷が今日のヤンキース戦で今季30本目の本塁打を打った。投手としては既に11勝を挙げている。野球史上に残る大選手になったといっていい大谷。120年前に世を去った野球好きの正岡子規も、空のかなたから驚きをもってこの青年の姿を見守っているかもしれない。

……………………………………………………

 草茂みベースボールの道白し 子規の野球好き(野球と言わず、ベースボールと言った)はよく知られている。この句は、結核による脊髄カリウスを発症して闘病中、昔を回想してつくった作品といわれている。「草茂み」とあるように、季節は夏である。下五の「道白し」は、石灰で引いたフェアとファールを分ける白いラインのことだろうか。炎暑、病臥中の子規はかつて白球を投げ、バットを振っていた溌溂した自身のことを思いながらこの句をつくったのだろうか。この句は「草が生えた夏のグラウンドで野球をやっている。バッターや捕手から見た白いラインが道のように見える」という意味だろうか。「道白し」という言葉からは、もうあの頃には戻ることができない、という深い絶望感が込められていると解釈することもできる。

 一方、ヤンキースのエース、コール投手からセンター越えに30号をエンゼルスのホーム球場アナハイムで打った大谷。ボールの行方を見つめて白いラインの外をゆっくり2、3歩進み、外野を越えたことが分かると、走り出し1塁ベースを回ると右手を軽く上げ、引き締まった表情でベースを駆け抜けた。3塁を回り、本塁へと向かう大谷の足元の白いラインが輝いているように見えた。まさに「道白し」の印象だ。

 ホームランバッターには、スイングスピードの速さが共通点としてあるという。例えば、大谷と比較されるベーブ・ルース(1895~1948)のヘッドスピードは、時速160キロ台の速さだったそうだ。これは近年のメジャーリーグのホームラン打者に引けを取らない速さだと鷲田康著『ホームラン術』(文春新書)に書かれている。しかも、ルースの時代は今よりバットの重量も重く、筋力トレーニングなどの合理的トレーニング方法も開発されていなかった。ルースはバットを速く振る技術と肉体を持っており、この並外れたヘッドスピードを生む秘密は、手首の強さと柔らかさにあったようだ――と鷲田は解説する。投手として、160キロという猛スピードボールと鋭く曲がり、落ちる変化球を投げ、打者としても160キロ台のヘッドスピードでバットを振るとみられる大谷もルースと同様、手首の強さ、柔らかさという武器を持っているに違いない。

 巨人から大リーグに移って活躍した松井秀喜は現役時代、「打球を遠くに飛ばすということは、選ばれた人間にだけできることだと思います。だからホームランにはこだわっているし、これからもこだわり続けたい」と述べている。大リーグでこれまでに51本を打ち、大谷とMVP争いを続けるヤンキースのアーロン・ジェームズ・ジャッジ、史上最年少の22歳でシーズン40号本塁打に到達、これまでに49本を打ち、60本のNLBシーズン記録(2013年、ヤクルトのバレンティン)に挑んでいるヤクルトの村上宗隆もまた選ばれた人間として、ボールを遠くへ飛ばすことに執念を燃やしているのだろう。

IMG_8089
 写真 散歩コースの調整池が深い霧に包まれました。2枚目は「道白し」とは言えませんが、真ん中に生えた雑草がラインのように見えます。
 

 ご愛読ありがとうございます。
 読み終え気に入りましたらたら、下のバナーをクリックしてください