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草茂みベースボールの道白し 子規の野球好き(野球と言わず、ベースボールと言った)はよく知られている。この句は、結核による脊髄カリウスを発症して闘病中、昔を回想してつくった作品といわれている。「草茂み」とあるように、季節は夏である。下五の「道白し」は、石灰で引いたフェアとファールを分ける白いラインのことだろうか。炎暑、病臥中の子規はかつて白球を投げ、バットを振っていた溌溂した自身のことを思いながらこの句をつくったのだろうか。この句は「草が生えた夏のグラウンドで野球をやっている。バッターや捕手から見た白いラインが道のように見える」という意味だろうか。「道白し」という言葉からは、もうあの頃には戻ることができない、という深い絶望感が込められていると解釈することもできる。
一方、ヤンキースのエース、コール投手からセンター越えに30号をエンゼルスのホーム球場アナハイムで打った大谷。ボールの行方を見つめて白いラインの外をゆっくり2、3歩進み、外野を越えたことが分かると、走り出し1塁ベースを回ると右手を軽く上げ、引き締まった表情でベースを駆け抜けた。3塁を回り、本塁へと向かう大谷の足元の白いラインが輝いているように見えた。まさに「道白し」の印象だ。
ホームランバッターには、スイングスピードの速さが共通点としてあるという。例えば、大谷と比較されるベーブ・ルース(1895~1948)のヘッドスピードは、時速160キロ台の速さだったそうだ。これは近年のメジャーリーグのホームラン打者に引けを取らない速さだと鷲田康著『ホームラン術』(文春新書)に書かれている。しかも、ルースの時代は今よりバットの重量も重く、筋力トレーニングなどの合理的トレーニング方法も開発されていなかった。ルースはバットを速く振る技術と肉体を持っており、この並外れたヘッドスピードを生む秘密は、手首の強さと柔らかさにあったようだ――と鷲田は解説する。投手として、160キロという猛スピードボールと鋭く曲がり、落ちる変化球を投げ、打者としても160キロ台のヘッドスピードでバットを振るとみられる大谷もルースと同様、手首の強さ、柔らかさという武器を持っているに違いない。
巨人から大リーグに移って活躍した松井秀喜は現役時代、「打球を遠くに飛ばすということは、選ばれた人間にだけできることだと思います。だからホームランにはこだわっているし、これからもこだわり続けたい」と述べている。大リーグでこれまでに51本を打ち、大谷とMVP争いを続けるヤンキースのアーロン・ジェームズ・ジャッジ、史上最年少の22歳でシーズン40号本塁打に到達、これまでに49本を打ち、60本のNLBシーズン記録(2013年、ヤクルトのバレンティン)に挑んでいるヤクルトの村上宗隆もまた選ばれた人間として、ボールを遠くへ飛ばすことに執念を燃やしているのだろう。

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