小径を行く 

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。(筆者=石井克則・遊歩)

2164 西大寺で知る慈悲の精神 民衆の救済に生涯をかけた僧2人

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 安倍元首相の銃撃・殺害事件の舞台となったのは、奈良市の近鉄奈良線大和西大寺駅前だ。この駅から徒歩3分のところに往時、奈良の大仏(盧舎那仏像)の東大寺に比肩して西の大寺といわれた真言律宗の総本山「西大寺」(さいだいじ)がある。この寺は鎌倉時代、民衆の救済活動に励んだ叡尊(「えいそん」あるいは「えいぞん」。1201~1290)とその弟子忍性(にんしょう。1217~1303)という2人の高僧の存在で知られる。慈悲の精神でハンセン病患者など弱者救済に生涯をささげた名僧ゆかりの寺近くで、宗教不信ともいえる動機で元首相を標的としたテロが起きたのは皮肉というほかはない。 にほんブログ村 ニュースブログへ
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 西大寺は、奈良時代の764(天平宝字8=てんぴょうほうじ)年、孝謙上皇(史上6人目の女性天皇・称徳天皇=東大寺を建立した聖武天皇の娘)が鎮護国家と平和祈願のために7尺の金銅四天王像を安置するために堂宇(四方に張り出した屋根を持つ建物)を建立したのが始まりといわれ、その後、東大寺に対する西の大寺として広大な伽藍が造られた。しかし平安時代に再三災害に遭遇して衰退、鎌倉時代になって叡尊が入寺して復興した。叡尊はそのころおろそかになっていた戒律(仏教修行者の生活規律のこと)の教えを尊重して「釈迦にかえれ」をスローガンに戒律護持運動を興し、民衆の救済活動に傾注したといわれる。

 弟子の忍性は叡尊をして「慈悲に過ぎた」と言わせるほど、鎌倉、奈良でのハンセン病患者の救済など、弱者救済に明け暮れたという。その活動舞台は奈良・額安寺(かくあんじ・大和郡山市)、般若寺(奈良市)、茨城・三村寺(つくば市)、神奈川・極楽寺(鎌倉市)などで、般若寺北東には叡尊と忍性によって北山十八間戸(きたやまじゅうはちけんこ)という日本最古のハンセン病療養施設(現在は建物のみ保存)が建立されている。歴史学者の松尾剛次氏(まつおけんじ・山形大名誉教授)は「カトリックのマザー・テレサは、インドのコルカタでハンセン病患者の救済活動を行い、ノーベル平和賞を受賞したが、忍性は鎌倉版のマザー・テレサと評価できる人物だ」(『仏教新発見23西大寺 名僧列伝』朝日新聞出版)と、その活動を称えている。

 時代を経て、参院選応援演説中に安倍元首相が銃弾に倒れた。そうした状況から、山上徹也(41)という容疑者の犯行について「民主主義に対する挑戦だ」「暴力によって言論を封じようとした行為だ」という批判が、岸田首相をはじめとする政治家や各メディアにあふれた。しかし、実態はそうした政治的目的ではなく、宗教団体への恨みとする見方が強くなっている。

 新聞、テレビは報じていないが、週刊誌系のウェブは団体名を旧統一教会(世界平和統一家庭連合)だと明記した。そして各メディアには「容疑者の母親が熱心な信者で、多額の寄付をしたために破産、家庭が崩壊したことに恨みを持っていた。この団体と安倍氏が親しいため狙われた」などという趣旨の記事が掲載されている。犯行前日には岡山で安倍元首相が演説をすると知って出かけたことも分かっており、孤独な容疑者による私怨が、有力政治家に対するテロへとなったのだろうか。人を救うはずの宗教が凶行の要因になってしまったのだとすれば、虚しさが募る思いだ。各テレビ局のアナウンサーやキャスターが黒い喪服姿で登場したことも違和感があり、逆に不気味さを感じてしまった。

『仏教新発見』には昨年11月、99歳で亡くなった作家の瀬戸内寂聴さんの連載「いま、釈迦のことば」が載っている。第23回として「善行の報い、悪行の報い」という「ダンマパダ(法句経)第121、122偈(げ)が紹介されている。それを以下に掲載する。今回の事件を考えるうえで、参考になる。

 その報いが、自分には
 来ないだろう」と思い
 悪行(あくぎょう)を軽く見るな。

 水一滴のしたたりも
 つもれば水瓶(すいびょう)をあふれさせる。
 愚かな者は
 水のしたたりのように

 小さな悪行をつみ重ねて
 いつの間にか
 禍(わざわい)に満たされている。

 その報いが、自分には
 来ないだろう」と思い
 善行(ぜんこう)を軽く見るな。
 水一滴のしたたりも
 つもれば水瓶をあふれさせる。

 心ある人は
 水のしたたりのように
 小さな善をつみ重ねて
 いつの間にか
 福徳に満たされている。