昨年来、大リーグの大谷翔平に関するテレビの報道はすさまじい。野球だけでなく結婚のこと、通訳のスポーツ賭博のことと連日連夜、テレビから集中豪雨のように流され続けている。かつて、評論家の大宅壮一はテレビの低俗ぶりを「一億総白痴化」という言葉で表現したが、その通りの現象が今も繰り返されている。「スイッチを入れれば食べ物の番組とお笑い芸人の顔ばかり」とは、ウクライナからの避難民の日本のテレビ番組の印象だ。それに「大谷選手」も加わったようだ。
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大宅のこの言葉はテレビの弊害を予測したといわれ、「テレビに至っては紙芝居同様、否、紙芝居以下の白痴番組が毎日ずらりと列(なら)んでいる。ラジオ、テレビという最も進歩したマスコミ機関によって、『一億白痴化運動』が展開されていると言って好い」(週刊東京1957年2月2日号)と書いた。これに作家の松本清張が「総」を入れて「一億が総白痴」としたことから、以後「『一億総白痴化』が流行語として定着した。67年前のことである。それが現代に蘇ったといえる。恥ずべきことだ。
これと並んで、大谷に絡んでメディア・スクラム現象も起きているといっていい。これは報道関係者が大人数で取材対象者や対象地域に押しかけて執拗に付きまとい、必要以上の報道合戦を繰り広げることで「集団的過熱取材」という言い方もされている。日本新聞協会、民放連はメディア・スクラム防止の見解を出しているが、これが守られていないのが実態だ。例えば、27日の新聞のテレビ番組表を見ると、NHKとテレビ東京を除いてどのチャンネルも「大谷」の名前がある番組が朝から晩まで続いている。(テレビ東京は、お得意の食べ物と旅番組が中心)
これだけ、日々朝から晩まで「大谷」という見出しのついた報道がなされると、大谷のプラシバシーはないに等しいと思う。「活躍を期待する」と言いながら、ものすごいとしか言いようがない重圧を与えてしまっているから、大谷の精神的ダメージは大きいはずだ。そのうえで活躍を期待するなんて、矛盾も甚だしい。テレビでは「コメンテーター」と称する「無責任な人たち」が勝手な推測を繰り返している。
大谷は岩手県の出身だ。岩手の県民性の特徴は「自己の利益より、自分が属する集団、さらに天下国家のことを考える傾向がある」(武光誠『県民性の日本地図』文春文庫)だという。大谷がドジャーズに入団した後の会見で「「勝利への意思が強いと感じた」と語ったが、常々「ワールドシリーズで優勝することに貢献したい」と口にしており、大谷は野球選手として「チームのために尽くす」ことを前面に押し出している。それは岩手に生まれたが故の人間性なのかもしれない。さらに大谷は、東北人特有の忍耐力の強さでこの逆境ともいえる状況に耐えているのだ。
私が現在のテレビに願うのは、面白半分の評価や勝手な想像、推測でのやり取りはやめてほしいということだ。GDPが世界4位となり何事にも元気がない日本。「一億総白痴化」現象は、もういい。そう思う人は、私の周囲にはかなりいる。大宅もあの世で嘆いているに違いない。いつになってもテレビ界は成長しないなと……。
