小径を行く 

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。(筆者=石井克則・遊歩)

2274 トルコの人たちへの励まし 挫けないでと「ホジャ」

IMG_0081大地震のあったトルコ南部とシリア北部の地図を見ている。がれきと化した街、真冬の厳寒の中で立ち尽くす人たちの姿。大地震の死者はこれまでに2万3000人を超えている。地球は不幸を満載した星だと思わざるを得ない。地図の後、1冊の本を取り出した。『ナスレッディン・ホジャ202小話集』(赤松千里訳、ORIENT)だ。主人公のホジャが、様々な場面で機知に富んだ話をするトルコの民話集だ。この本を見ていると、逆境にあってもトルコの人たちは決して挫けないと思うのだ。
にほんブログ村 ニュースブログへ
にほんブログ村

  この本には202の小話が載っている。以下に3つの話を紹介する。

《その1「わしが乗っていたなら」(90)ある日、ホジャのロバがいなくなった。ところが、ホジャはやけに嬉しそうに捜していた。それを見た人々は、不思議に思ってホジャに尋ねた。「ロバに乗っておらんで運がよかったじゃろうが。わしが乗っていたら、わしも行方不明じゃった》

《その2「引っ越しかね」(114)真夜中、ホジャの家に泥棒が忍び込んだ。泥棒は、運べそうな物であれば、手当たり次第袋に詰め込んでいた。その物音でホジャが目を覚まし、階下に降りてきた。男を見かけたホジャは、袋に詰めるのを助け始めた。泥棒はすっかり面食らって叫んだ。「旦那、何をしちょるんですいね?なして、わしの袋に物を入れているんかいね?」「ああ、わしらが引っ越しをしていると思ったんじゃ!》

《その3「平衡」(145)ある日、一人がホジャに尋ねた。『何故、人間は、一日が始まったとくれば、あちらへ、こちらへと走り回るらにゃならんものなんじゃろうかね?』「そりゃな、誰もが同じ方向に行きおったら、つり合いがとれずに大地がひっくり返るからじゃよ」》

 この本などによると、ホジャは以下のように伝えられる人物だ。

 《様々な説があるが、広く信じられているのは、1208年にアナトリア(小アジアとも呼ばれ、アジア西部にあり、黒海、エーゲ海,地中海に囲まれた半島。マルマラ海を隔ててバルカン半島と対する。現在のトルコの大部分を占める)中央のシヴリヒサールの町に近いホルトという村で生まれた。父親は村のイマーム(イスラムの指導者)で、一家は後にアクシェヒールに移り、生涯のほとんどをここで過ごした。ホジャは幼いころから賢く、抜け目がない頓智あふれる子どもとして知られていた。頓智はユーモアだけでなく、人々を励ますものだったという。その生涯は周囲の人たちの暮らしを楽しく、明るいものにし、その思い出は人々の心の中に生きていて、トルコ人なら誰でも知っている。

ナスレッディンはイスラムの「信仰の守り手」という意味があり、ホジャはトルコ語で先生、イスラム教育の師匠、教育を修めた人への称号だ。ホジャは1284年に亡くなったと伝えられている。アクシェヒールには、1907年に建立されたホジャの墓がある。ホジャの話には笑いが含まれている。しかし、忘れてならないのはこれらの話が残忍な支配者たちの血生臭い争いの絶えなかったアナトリアで生まれ、語り続けられてきたことだ。ホジャの話はどんなに辛く、耐えがたい時代でも笑いは消えることがなく、むしろ人を励ましてくれることを示している》

その通りだと思う。「どんなに辛く、耐えがたい時代でも笑いは消えることがなく、むしろ人を励ましてくれる」は、今の世界にも求められているものだ。地震発生から100時間が過ぎても、子どもたちががれきの下から救助されたというニュースが相次いでいる。ホジャが被災者たちを励ましているに違いないと、信じたい。私が知るトルコの人たちは、陽気で明るかった。あの人たちに、笑顔が戻るのはいつになるのだろう。
        DSC05773
 追記 トルコ旅行の帰りの飛行機で、つまらない日本人の姿を見たことを覚えている。イスタンブールからエジプトのカイロに行き、飛行機を乗り継いだのだが、私の近くの席で日本人の男が騒いでいた。年齢は40代と思われた。日本人女性が渡されたチケット(エコノミー)の席に男が座っていて、ダブルブッキングと分かった。その女性に同行したツアーの女性添乗員が客室乗務員に掛け合い、女性は空いていたビジネス席に移った。ところが、エコノミーに座っていた男(女性のツアーとは別団体でトルコに行ってきたらしい)が「俺もビジネスに移せ」と、騒ぎ出したのだ。添乗員が説明してやってもなかなか納得せず、「お前の態度は悪い。ネットに書き込んでやる」「お前の会社の役員に通告するぞ」などと文句を言い続けたそうだ。
 
 客室乗務員にも相手にされなかった男は、渋々エコノミーに座って成田に着いたのだが、着陸前には女性添乗員にジュースをかけるなどの嫌がらせをしたという。今なら、成田で逮捕されてもおかしくないが、添乗員は男の行為に目をつぶってやり過ごしたと聞いた。私はこの騒ぎを聞いて、ホジャなら、どんなことを言っただろうかと考えた。「一つだけビジネス席があるぞ。あんたにぴったりのいい席だ。だが、気を付けないと床が開いて、地獄が待っている。どうじゃろか!」。男はおとなしくなるに違いない。
 

    1018 トルコの小さな物語(1)悠久の歴史と大自然の営みと

 1024 トルコの小さな物語(7)ホジャのとんち話とノーベル賞の山中教授



 

    1549 春に文句を言う人は トルコの小話より

 1193 シリウスで気付く多様な価値観 物事には光と影が