小径を行く 

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。(筆者=石井克則・遊歩)

2149 蘇れ、オルフェウス伝説 音楽の効用と『ビルマの竪琴』

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 竹山道雄の児童文学『ビルマの竪琴』(新潮文庫)は、2回映画化された名作だ。太平洋戦争のビルマ(現在のミャンマー)戦線でイギリス軍の捕虜になった日本軍の兵隊たちの物語で、イギリス民謡の「埴生の宿」(原題「ホーム・スイート・ホーム」)が重要な役割を果たしている。ストーリーはよく知られているので、ここでは割愛するが、イギリス軍に囲まれた日本の小部隊がこの歌を日本語で歌うと、イギリス兵側が英語で合唱する場面が初めの方にある。ロシア軍が侵攻したウクライナ。このような話は、夢物語といっていいだろう。

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『ビルマの竪琴』は、手製の竪琴を弾きこなす水島安彦という上等兵が主人公で、群馬県出身の僧侶、中村一雄さんがモデルといわれる。中村さんが2008年12月17日、92歳で死去した際、各新聞で「『ビルマの竪琴』モデル死去」と報じられた。13歳で仏門に入った中村さんは福井県の永平寺で修行中に太平洋戦争に召集され、中国、東南アジアを転戦し、ビルマで捕虜となり終戦を迎えた。収容所で憔悴した他の捕虜を慰めようとコーラス隊を結成、読経で死者を弔ったという。竹山は中村さんと同じ部隊にいた教え子から、中山さんのことを聞き、それをヒントに名作が生まれた。

 この本の解説で文芸評論家の中村光夫も書いているように、人の心に対する音楽の効用はオルフェウス伝説がよく知られている。オルフェウスはギリシア神話に出てくる詩人で音楽家。バルカン半島南東部のトラキアで生まれ、竪琴の名手。竪琴を奏で美しい声で歌うと、人も木も野獣も感動したという。彼をモデルにしたオペラも数多くつくられている。音楽は希望の使い、国境を越えて人々の心を打つといわれる。それはオルフェウス伝説以来、今日まで引き継がれた人類の知恵ともいえる。同名のアメリカの室内管弦楽団は、小編成で指揮者がいない楽団で知られる。

 1914年7月28日、第一次世界大戦が勃発した。その5カ月後の12月24~25日、クリスマスを祝うため西部戦線でイギリス、フランスの兵士たちと敵国ドイツの兵士たちが一時的に停戦し『きよしこの夜』を歌ったという。これが「クリスマス休戦」として歴史に刻まれた。これも音楽の力の一例といえる。

 現代戦はどうだろうか。ロシアによるウクライナ侵攻。ロシア側が掌握したと主張するマリウポリでウクライナの人々の集団墓地が3つも見つかり、ロシア軍は食料や水と引き換えに地元の人々に墓穴を掘らせていたという。虐殺を隠すためともいうが、身震いしてしまうニュースだ。東部地域での戦闘は激化し、休戦をめぐる双方の協議も暗礁に乗り上げている。こんな現状だから、音楽の効用を語るのは夢物語なのかもしれない。それでも私は、超自然的な力を象徴するといわれるオルフェウス伝説が蘇り、ウクライナの地に平和が戻ることを願いながら『ビルマの竪琴』の本を手に取っている。

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