ロシアによるウクライナ侵攻で、今最大のニュースは東部の要衝、マリウポリの製鉄所に対する攻撃だ。ここはウクライナの特別部隊アゾフ連隊(アゾフ海沿岸のマリウポリを拠点とする準軍事組織。ウクライナの愛国者を自称する極右組織ともいわれ、現在はウクライナ国家親衛隊に所属)が守り、地下には数百人~1000人ともいわれる市民が退避しているという。ロシア側は1回目の降伏勧告に続き、2回目の勧告を出した。「武器を手放し、投降すれば命は助ける」というのだ。キーウ近郊のブチャで民間人410人が虐殺されたこともあり、この勧告通りになるとは思えないし、ウクライナ側は絶対に手を上げることはしないだろう。
第二次大戦のナチスドイツとスターリンソ連の戦争をテーマにした大木毅の『独ソ戦 絶滅戦争の惨禍』(岩波新書)の第3章は「絶滅戦争」だ。それによると、この戦争でレニングラード(現在のサンクトペテルブルク、ロシア大統領・プーチンの生地)はドイツ軍に包囲され、食料が尽き、さらに寒さが重なり死者が続出した。人肉食が横行し、内務人民委員部の文書には、この容疑で1942年12月までに2105人を逮捕したと記録されている。当時ドイツ軍(第18軍)には市民の降伏を受け入れてはならないという命令があり、同軍の部隊の記録には「女や子供、丸腰の老人を撃った」と記載されているという。
レニングラードの惨状を招いたのはドイツ軍だけではなく、革命の聖都(ロシア革命へとつながる1917年の「2月革命」はこの街から始まった)を放棄するのは許されないと判断したスターリンが、ドイツ軍が迫っても市民の一部しか避難させなかったことも背景にある。スターリンの指令で300万人の市民が取り残され、ドイツ軍の無差別攻撃と飢餓によって多大な犠牲者が出たのだ。一方、ソ連も負けておらず、このブログで既に書いたように、ポーランド兵士を抹殺するカチンの森事件を起こしている。旧満州(中国東北部)での日本人避難民に対する蛮行も歴史的事実だ。
太平洋戦争で東京大空襲をはじめとする各地への空襲、さらに広島・長崎への原爆投下も米軍による無差別攻撃だった。勝てば官軍であり、それを命じた米国の指導者は何の罪にも問われなかった。日中戦争時の南京事件。「非戦闘員の殺害や略奪行為等があったことは否定できないが、被害者の具体的な人数については諸説あり、どれが正しい数かを認定するのは困難」とする外務省と犠牲者は30万人以上と主張する中国政府の見解は隔たりがある。しかし戦争という異常事態下、市民が命の危機にさらされる歴史が繰り返されていることに考え込んでしまうのだ。
人間には知性や理性が備わっている。だが、歴史を振り返ると、知性も理性もかなぐり捨てた為政者が数多く存在し、弱肉強食を繰り返すのだ。その典型がヒトラーであり、スターリンだった。現在も世界にはその系譜に位置づけられる独裁者が少なくない。ウクライナに侵攻を命じたプーチンをはじめそうした人物の顔を思い浮かべると、気分が悪くなる。彼らの顔は不気味で、ならず者と変わらないからだ。
そんな不気味な人物の一人をトップにしたロシア。今度の戦争に大義があるとするロシアの言い分は、どう見ても説得力がない。ここ数日中にマリウポリ攻防の結果は出るのだろうか。そうはならないと私は思う。ウクライナの人々の強い精神力をこの戦争の背景に感じるからだ。