小径を行く 

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。(筆者=石井克則・遊歩)

2380 公共放送の役割とは ジャニーズ問題とBBC・NHK

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 大手芸能事務所、ジャニーズ事務所創業者の故ジャニー喜多川氏による所属タレント(すべて男性)への性虐待問題が社会的な注目を集めている。昨7日には、ジャニーズ事務所の記者会見があり、社長交代など事務所側の対応が明らかになった。このきっかけになったのは、英国の公共放送BBCの特集番組だった。その後、国連人権委員会の調査、ジャニーズ事務所が依頼した第三者委員会の調査でも日本メディアの責任が指摘され、NHKを含めた日本の報道機関の人権感覚の欠如、怠慢がクローズアップされた。弁解の余地はないと、私は思う。
 

 8月下旬の、第三者委員会報告の後、NHKを含めた在京テレビ各局は、この問題についてコメントを出した。いずれもが判で押したように「これまで人権尊重の姿勢を重視してきており、性暴力は決して許されない、ジャニーズ事務所には再発防止を求める」という趣旨だ。それならなぜ、これまで問題を報じなかったのか、多くの同事務所のタレントを起用し続けたのかと、疑問に思えることは少なくない。
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BBCがこの問題をワールドニュースの中のドキュメンタリー「J-POPの捕食者 秘められたスキャンダル」として放送したのは、ことし3月18日のことだ。ジャーナリストのモビーン・アザー氏が喜多川氏から性的虐待を受けたという被害者らへインタビューし、芸能界を牛耳っていた喜多川氏の性的虐待の事実、メディアに与えた強い影響力などに切り込んだ。

性虐待疑惑が長期間芸能関係者やメディア関係者の間でささやかれていたにもかかわらず、日本社会でジャニーズ事務所のタレントが人気を維持している実態がこの特集で浮き彫りになった。この問題は一部週刊誌が報じてはいたが、追随するメディアはなく、結果的にBBCの報道後国連人権委の調査があり、事務所側が依頼した第三者委が、社長交代や事務所の解体的出直しなど予想以上に厳しい報告をしたのも、BBC報道の影響が大きかったことを裏付けるものだ。

BBCはNHKと同じ公共放送だが、決してイギリスの宣伝機関ではない。専修大学でジャーナリズム論を教えている澤康臣教授(元共同通信記者)の近著『事実はどこにあるのか』(幻冬舎新書)は、BBCの活動も触れている。1982年4月、大西洋に浮かぶフォークランド諸島をめぐり、島を支配するイギリスと所有権を奪おうとするアルゼンチンの軍事政権が武力衝突した。結果はイギリスの勝利に終わったが、このフォークランド戦争報道でBBCは終始中立的姿勢を維持し、当時のイギリス首相サッチャーを怒らせたという。

「多くの人々(私を含む)は、とりわけBBCの態度が好きでなかったし、私は同局に対し大変懸念した」「彼らは、あたかもイギリスとアルゼンチンの間で中立であるように報道することがある。次にとるべき作戦について担当官たちと話したことをすっぱ抜き、敵を助けていると強く感じたこともある」(2015年明らかになったサッチャーメモ・同書)。フォークランドの住民からは「『何が起きていたかについての、唯一信頼できるニュースメディア』として、賞賛された」と澤は書いている。

澤は公共の意味について、役所など公式なもの、「官」を考えがちだが、公共は英語の「パブリック」に当たるものが多く、「みんなの」「人々の」つまり「官」とは異なる「民」だと指摘し、公共放送(BBCやNHK)に関しても以下(要約)のような考え方を記している。

《公共放送は「民」による「民」のための放送局で、政府からも誰からも独立している。受信料制度は政府に遠慮しなくても済むための仕組みで、視聴率を優先してうけ狙いの番組を作る必要がない。公共放送の番組を見ない人にも、受信料に支えられた放送局があることはメリットが大きい。政府や大企業に遠慮しない自由な言論が出てきやすい社会になるからだ。ただ、この理念が生かされるよう、公共放送が権力や企業をしっかり監視するには、市民が報道内容に関心を持ち、叱咤することが大切。市民は「運営側」で「お客様」ではない。》

澤の公共放送に関する記述を読んで、NHKの姿勢を考えると、あまりにもかけ離れていると思えてならない。終始政府に遠慮するニュースを流し、民放と競うように同事務所のタレントを起用し続け、問題の本質(性虐待)には目をつぶったままだった。冒頭のコメントは一般論に過ぎないといえる。

東日本大震災後、復興予算として計上されたかなりの金額が他に流用されたことが大きな問題になったことがある(後掲)。これを特集番組で暴露したのは、NHK仙台放送局の取材班だった。NHKはこれ以外でも、隠された真実を発掘する特集番組が少なくない。だが、昨今のニュースを見る限り、政権への遠慮の姿勢(忖度か)が目立ってしまうのだ。今回は海外のメディアから、新聞も含めたメディア全体が指弾されている。報道の自由度68位(2023年、国境なき記者団)という、恥ずべき低位置にランクされても、これでは反論できない。

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