
6~7月は昼の時間帯が長い。そんなころを俳句の季語で「短夜」(みじかよ)や「明易し」(あけやすし)という。北欧では白夜の季節だ。この時期になると、なぜか若い頃に乗った夜行列車のことを思い出す。同時に、鉄道大好き人間といわれたチェコ出身の作曲家アントニン・ドヴォルザーク(1841―1904)の交響曲第9番(新世界より)を聴きたくなる。
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短夜や夜行列車の浅き夢(大橋和宏) 先日、私もメンバーに入っている句会の兼題の一つが「短夜」だった。この兼題の投句の中の1句で、評価が高かった。この作者は北欧の勤務経験もあり、白夜の生活も体験している。この句は、若いころの思い出を描いたものだろう。私も似た経験をした。
ある夏の日、私は夜行列車で友人と2人で東京から京都を目指した。途中、真夜中に名古屋の停車時間が長く、駅のホームできし麺を食べた。初めて食べる味だった。使っていた容器は瀬戸物といわれる丼で、その器をくれるというので、水道で洗ってリュックサックに入れ、家に持ち帰った。その後、この丼を大事にして結構長く使った。この器を使う度に、京都までの旅を思い出したことは言うまでもない。一緒に京都の寺を回った友人も、この短い旅のこと、特に京都より、深夜の名古屋駅で食べたきし麺のことを忘れていないと思うのだ。
秋田に勤務した当時、東京の本社に用事で出かけるときは、往復とも夜行特急を使った。新潟周りの羽越線経由が多く、太陽が出てきて日本海が次第に明るく見える風景が好きだった。こんな時、ドヴォルザークの『新世界』のメロディが頭に浮かぶのだった。
私は鉄道ファンではないが、以前ツアーの旅で一緒になったメンバーの中に熱狂的鉄道ファンがいて印象に残っている。一人はある私鉄の女性運転士さん、もう一人は著名大学の教授だった。お互い共通の趣味に気が付いたのか、電車に乗ると2人で行動を共にし、目を輝かせながら車内を歩き回っていた。その姿から、見るからに鉄道が好きなのだと、伝わってきた。
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前述の通り、ドヴォルザークも熱狂的鉄道好きだったという。1892年にアメリカに渡った後も、住まいの近所にある駅に出かけ汽車を見ることを日課にしていたそうだ。時刻表を暗記し、すべての列車番号もメモしていた。ある時、列車に乗っていて、走行音がいつもと違うように聞こえ、車掌に話したら車両の故障が発見されたというエピドードも残っている。
ドヴォルザーク作曲の名曲《ユーモレスク》の冒頭のメロディは、列車の走る音にヒントを得て作ったといわれる。第9番には機関車の蒸気のリズム、連結器がぶつかる音、シリンダー音などを取り入れているといわれる。現在、チェコ(プラハ)~オーストリア(ウィーン)間を運行する特急列車「レイルジェット」に「アントニン・ドヴォルザーク号」という名前がついているのも、ドヴォルザークの鉄道好きに敬意を示したものといえる。

(マツヨイグサのうちのメマツヨウグサ=雌待宵草が咲いた)
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