小径を行く 

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。(筆者=石井克則・遊歩)

 3099 天気予報発達の陰に軍艦沈没 クリミア戦争と暴風被害

(ネジバナ=ネジリバナとも。自然はこんなにも繊細だ。一方で凶暴化することもある)

 西日本に被害をもたらした台風8号と先に発生した7号のダブル台風が関東地方に接近した。被害が少ないことを願うばかりである。台風といえば9月1日前後の210日、あるいはその後の220日ごろにやってくる、という言い伝えがあった。しかし最近はそうではなく、かなり早くから日本列島に襲来する。温暖化の影響なのだろうか。台風や暴風雨、ハリケーンが直撃し、人々の暮らしを破壊する例は昔から頻発している。その中でも、気象的に重要な位置付けを持つのはクリミア戦争だという。何があったのだろうか。

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 この戦争は、19世紀初めのロシアの地中海への南下政策が背景にある。皇帝ニコライ1世は、オスマン帝国(トルコの前身で1299~1922年まで存在)内のギリシア正教徒の保護を口実に1853年10月、クリミア戦争を起こした。ウクライナに軍事侵攻した際のプーチン大統領も、ウクライナ東部で独立を求めているロシア系住民を守るため、さらにウクライナにNATO(北大西洋条約機構)の核兵器が配備されロシアに脅威を与えることを防ぐためだと、ニコライ1世とよく似たことを口にしたのは記憶に新しい。

 ロシアの相手はオスマン帝国だけでなく、アジア貿易ルートが欲しかったイギリス、フランス、サルデーニャ(イタリア統一を目指していた王国)も加わった連合軍だった。1854年9月、連合軍はロシアが築いたクリミア半島の大軍港セヴァストポリ要塞攻略のため大船団を黒海に送り込んだ。しかし、ここから南に約9キロの小さな港町バラクラバに停泊していたフランスの戦艦「アンリ4世」号が11月14日、突然暴風に襲われ、沈没してしまう。この船には防寒用衣服、食糧、弾薬、医薬品など7000トンの軍需品を積んでおり、連合軍は厳しい冬に対応できず、チフスやコレラも蔓延して苦戦した。セヴァストポリ要塞をめぐる攻防戦は数カ月にわたり、双方で20万人以上の兵が動員される凄惨な戦いになった。結局、ロシアが降伏するのに時間を要し、戦争が終わったのは1856年2月のことだった。

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 この戦争に関してあまり知られていないが、バラクラバ暴風によって戦艦が沈没したフランスが天気予報の重要性に気が付いたことだ。クリミア戦争後、パリ天文台長で海王星の存在を予測した天文学者ユルバン・ルベリエ(1811-1877)の尽力でヨーロッパ各地に測候所が設置され、天気予報のための天気図作成作業がスタートしたのだ。1863年9月には、世界で初めて日々の天気図が公刊されたという。

 もう一つ、よく知られているのはイギリスの看護師(当時は看護婦)フローレンス・ナイチンゲール(1820―1910)の活動だ。彼女は38人の看護師を連れてイスタンブールの野戦病院に行き、傷を負った患者たちの看護とともに野戦病院の改革を行い、死亡率を半減させたという。この活動がアンリ・デュナン(1828―1910)の赤十字創設の起因となったといわれる。

 前述の通り、戦争は人を殺す兵器の発達以外に、一例として天気予報の発達といったプラスの側面もあった。しかし戦争がもたらすものは、悲劇が圧倒的であることは言うまでもない。AIの軍事利用が公然化している現在、人命は軽くなるばかりだ。今こそ、戦争の要因を少なくする叡智が求められているといっていい。

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 ☆注=クリミア半島 ウクライナ南部の黒海に突き出た半島。この地域の領有をめぐって大国が争ってきた歴史がある。18世紀にロシア帝国に編入され、ソ連時代の1954年にウクライナ(当時はソビエト連邦構成共和国の一つ)に割譲になった。91年には独立したウクライナの自治共和国となるが、ロシア系住民はロシア領と主張するなど、民族対立が激しくなった。2014年2月、ウクライナの親ロ派ヤヌコビッチ政権が崩壊、ロシアは人口の6割を占めるロシア系住民らの保護を名目にクリミア半島へ軍事介入した。3月初旬までに半島全域に軍を展開し、16日の住民投票で圧倒的多数の賛成票を得たとして、プーチン大統領は一方的にロシアへの編入を宣言した。

 最近の報道によると、ウクライナ軍は航続距離を伸ばしたドローン(無人機)で、クリミア半島の道路や鉄道、橋を繰り返し攻撃している。このためヤルタ(アメリカ、イギリス、ソ連の3カ国首脳が第2世界大戦の戦後処理に関し話し合ったヤルタ会談の開催地)やセヴァストポリなどの主要都市では停電が相次ぎ、ガソリンも不足、一部商店ではパニック買いも発生するなど、市民の日常生活に大きな影響が出ているという。

(参考資料=『地図で読む世界の歴史』三笠書房、黒川裕次『物語ウクライナの歴史』中公新書、堤之智『気象学と気象予報の発達史』丸善出版、『日本大百科全書』小学館、『ブリタニカ国際大百科事典』など)

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