小径を行く 

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。(筆者=石井克則・遊歩)

3066 今年も泰山木の純白の花 「鎮魂の舟」に9000枚の葉

(大きく純白のタイサンボクの花)

 庶民の家が立ち並ぶわが家周辺。タイサンボク(泰山木)を庭に植えている家はない。明治維新後に北米から入ったといわれる、広い庭に似合うモクレン科の常緑高木だ。近所の公園や街路樹としてこの木が数本ある。急速に進んでいる温暖化の影響か、もう白い花が上を向いて咲き、青い空に何かを語り掛けているように見える。

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 先日のブログに書いたユリノキと一緒に日本にやってきたのではないかといわれ、あまり目立たないユリノキと比べると、花は純白で大輪、葉も大きい。しかも花の香りが強いので、よく目立つ。

 ゆふぐれの泰山木の白花はわれのなげきをおほふがごとし 歌人、斉藤茂吉の1920(大正9)年7月の歌だ。茂吉は当時、長崎医学専門学校(現在の長崎大学医学部)精神病科の教授。6月初めに喀血して県立長崎病院に入院、7月2日に退院して自宅療養のあと同月下旬には九州各地への転地療養に出発する。この歌は、夕刻(病室からだろうか)白い花が咲いたタイサンボクが見え、それが病気になった悲しみ、嘆きを癒し覆ってくれているようだ、という情景を詠ったものだろう。斎藤茂吉歌集『つゆじも』(露霜、短歌新聞社文庫)に収められている歌だ。

 京都で生まれ育ち、生涯を京都で暮らした文芸評論家・仏文学者(下京区綾小路の旧家、杉本家の9代目)杉本秀太郎も、タイサンボクの花の魅力に触れている。

 一年中、のべつ葉をばらばらと脱ぎかえる。固くて部厚い葉っぱで、しかもほうきで掃こうとすると地面にへばりついて、あがってこない。熊手でかき集める。落葉に世話が焼ける泰山木だが、あの真白な花びらが太陽に輝いているのは、目のさめる心地がする。(『花ごよみ』講談社学術文庫)

 心が暗くなるようなニュースが多い昨今。そんな時はタイサンボクを見上げ、あの白い花を探すのもいいかもしれない。斎藤茂吉と杉本秀太郎の心境が理解できるだろう。

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 1年前のブログで、東日本大震災の犠牲者に対し鎮魂の言葉をこの木の葉に書き、海に流す追悼行事「木の葉の舟」について書いた。今年も3月11日、福島県相馬市の伝承鎮魂祈念館前の海岸で地元の人たち100人が参加して、祈りの言葉を書いた9000枚の木の葉の舟を流したという。

(スカシユリ・ロリポットも開花した)

 2768 タイサンボクは鎮魂と希望の木 名作『じろはったん』では「木の葉の舟」

 3057 見上げれば「ユリノキ」の花 大いなる新樹の風景

 1446 「へそ曲がり」洛外人の徹底批判 井上章一『京都ぎらい』

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