小径を行く

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時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

2082 コロナ禍続く年の暮れに 笑顔なきゴッホとベートーヴェン

 


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 2020年から続いているコロナ禍。間もなく2年になる。日本ではワクチン接種が進み、徹底した対策によって第5波が急速に収まりつつあり、見通しは明るいと思ったのは早計だった。南アフリカで見つかった新変異株、オミクロンが世界的に拡大し、成田から入国したナミビアの外交官が変異株に感染していたことが判明し、2例目も見つかった。揺り戻し、第6波を不安視する声が少なくない。そんな時、私はベートーヴェン(1770~1827)の「交響曲第5番・運命」を聴き、東京都美術館で開催中の「ゴッホ展」を見て「負けるものか」という思いになった。芸術は心の拠り所になるのだろうか。

 偉大な2人の芸術家に共通するのは何か。笑い話ふうに言えば、笑顔がないということだろうか。ベートーヴェンゴッホにも笑顔は似合わないし、2人が笑った顔を想像するのは難しい。ジャズピアニストとして知られる山下洋輔は「要は人間の本性だ。つまり、ベートーヴェンは笑わないのである。ひたすら、あの巨頭を振り立てて、叩き、たたみかけ、押しまくり、おどかし、また叩く。(中略)ベートーヴェンといたらさぞ窮屈だったろうと思う」(音楽の手帖『ベートーヴェン』)と書いている。一方のゴッホも晩年、精神の病に侵され、苦悩のうちに自死を選んだ。2人にとって、笑いとは縁がなかったのだろうか。それは文献では分からない。だが、笑いのない2人が残した音楽と絵画は、私たちに「生きる希望」を与えてくれるのだ。

ゴッホ展」はコロナ禍のため予約制になっている。だから先日行った東京駅前の三菱一号館美術館同様、ゆっくりと鑑賞する時間を持てるかと思った。それは当てが外れ、混雑した普段の日本の美術館の様相を示していた。著名な絵の前で人だかりができ、なかなか絵の前に近づけない。顕著だったのは、「夜のプロヴァンスの田舎道」だった。南仏滞在中の最後に描かれたとみられるこの作品は縦型のキャンバスで、真ん中に糸杉を配し、右上方に三日月、左上方には明るさの異なる2つの星が輝いている。この絵はプロヴァンスで見た風景に画家自身の想像を加えたといわれ、ゴッホの手紙にあるように「もっと心を高揚させ、もっと心の慰めになる自然を生み出した」傑作といえる。私は一枚一枚を見ながら、コロナ禍で沈んでいた気持ちが少し明るくなるのを感じた。それが笑わないゴッホの力なのだろうか。

  今回のゴッホ展に展示されたゴッホ作品の多くは、オランダの収集家、ヘレーネ・クレラー=ミュラー(1869~1939)が集めたものだ。ゴッホが不遇のうちに亡くなったあと、その作品に深い精神性と人間性を感じた彼女は、夫で実業家アントンの協力を得てゴッホ作品を集中的に購入し、クレラー=ミュラー美術館を開館し、初代館長を務めた。

 そしてベートーヴェンである。詩人で劇作家のグリルパルツァー(1791~1872)は、友人ベートーヴェンについて弔辞でこんなふうに述べている。

《かれは芸術家であった。しかし、言葉の最高の意味において人間であった。もし君たちが善と美の正しい結びつきに迷うことがあったら、あの男のことを思い出したまえ。偉大な仕事をなしとげ、ついぞ悪意というものを持たなかったあの男を……》

 ベートーヴェンに関してはさまざまな文献に書かれているので、いまさら追加することなない。ただ、56年の生涯は苦闘の連続だった。それでも、ベートーヴェンの音楽はゴッホと同様に私たちに不思議な力を与えてくれる。そう、人生は苦悩が続いてもいつかは歓喜する日がやってくると信じよう……。

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 写真

1、近所の公園で。ゴッホの絵のような風景

2、ゴッホの「夜のプロヴァンスの田舎道」(ゴッホ展図録より)

3、黄色く輝いた上野公園の銀杏。

4、雨上がりの後、地図を描いたようにたまった落ち葉