小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

2050 シメールを背負った国会議員たち 短命・菅首相退任劇の中で

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 菅首相が3日、自民党臨時役員会で自民党総裁選に立候補しないことを表明した。今月末の党総裁任期満了に伴い首相を退任することなるわけで、わずか1年余の短命首相といえる。このニュースを見ながら、孔子と弟子たちの問答をまとめた『論語』の「政治」に関する部分を読んでみた。例えば子路(しろ)が「政治とはなんでしょうか」と質問すると、「先頭に立って働くことだ」と答え、もう少し詳しくと聞くと「続けることさ」と述べた(子路「第13」1)―というやり取りがある。この後、さらに興味深い言葉がある。

「上に立つ者は己の在り方が正しければ、命令しなくとも、人々は方針に従う。その在り方が正しくなければ、命令したとしても方針に従わない」(同6)

「為政者が自分自身を正しくしたならば、行政はたやすいものだ。自分自身を正しくすることができないで、人々をどのようにしてただそうとするのか」(同13)

                (以上、加地伸行全訳注『論語講談社学術文庫

 菅首相は先頭に立って働くというより、裸の王様の如く耳に痛い言葉は排除し、人事権で官僚を操り独断専行の姿勢で政治をやってきた印象が強い。コロナ禍が深刻な状況にある中で後世に残るような政策は何もない。まして「続けること」をやめるのだから、戦後の歴代首相の中で最も存在感の薄い人物として位置付けられるだろう。残念ながら、日本はコロナ対策がうまく行っていない。感染拡大の中で多くの反対の声を押し切りGoToトラベル、東京五輪パラリンピックを強行し、ワクチン接種は遅れに遅れている。緊急事態宣言、まん延防止重点措置を連発しても繁華街の人出は減らず、累計の感染者は152万人を超え、死者も1万6000人を上回っている。恐るべき数字だ。

 論語子路「6、13」の言葉の通り政府の政策、ましてや首相の訴えを国民がきちんと受け止めれば、もう少し違った方向に進んだのかもしれない。首相は自身の言葉がないうえ、さまざまな言葉の失敗を繰り返し、国民の信頼を失ってしまった。退陣表明の背景については、今後多くの報道があるだろう。それらを集約すれば、首相を支える人がいなくなったということに違いない。安倍、菅の2人の首相はコロナ対策に失敗し、国の舵取り役を投げ出したといっていい。

 このように、コロナ禍の中で自民党は総裁選をめぐって揺れ動いている。そんな時、知人のコラムニスト・詩人、高橋郁男さんから届いた小詩集『風信23』「東京・全球感染日誌・5」(詩誌「コールサック」に連載)を読んだ。その中にフランスの詩人ボードレールのことが出ている。1821年4月9日にパリで生まれたボードレールは、ことしで生誕200年。その詩集『パリの憂鬱』の中に「キマイラを背負った人々 」という詩がある。以下、高橋さんの文の一部引用。

(注・キマイラはギリシャ神話に出てくる怪物で、フランス語ではシメール。ノートルダム寺院の南北の塔を結ぶ回廊部分には19世紀にヴィオレ・ル・デュックによって設置されたシメール石像がある)

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 行分けの文が続く詩とは違って

 文章がつながってゆく散文の形をとりながら

 それでいて 詩的な響きや 詩情・ポエジーを備えていた

 そして その内容が 空想的な心象の記述に留まらず

 目に触れる現実のパリの情景や 人々の営みを土台にして

 それらを彼の詩魂で透視することによって得られた想念を

 平易な言葉で鋭く記述する手腕に 感銘を受けた

 

 例えば…彼は

 群れを成して歩いている人々を見ている

 その人々の首には 得体のしれない怪物(シメール)が絡みついている

 しかし 人々は その怪物を苦にする様子もなく

 行く先も知らないまま 集団で進んでいく――

               

 これなどは 時代に流されてゆく人間の姿を象徴しているが

 現代人の姿にも通ずる 普遍性を備えている

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 確かにこの「キマイラを背負った人々 」を含む『パリの憂鬱』は、高橋さんが書いているように、現代の日本にも通ずる普遍性があると思うのだ。私はこれを読んで、シメール(キマイラ)が自民党の右往左往する国会議員の首に絡みついているのではないかと、想像した。この怪物が、日本の政界から消えることはあるのだろうか。

(高橋さんは、シメールは選挙民の首にも絡みついているのではないか、と指摘しています)

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 写真 空を見ると、秋を感じさせる雲が浮いている。だが、日本の政界には暗雲が……