小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

1426 風景との対話 冬の空を見上げて

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朝焼を見た。俳句歳時記(角川学芸出版)で調べてみると、夏の季語の天文の項にあって「日の出間際の東の空が赤く染まる現象で、夏に多い。俗に朝焼の日は天気が下り坂になるといわれる」という説明が付いている。それにしても、空気が乾いたこの季節(冬)の朝焼は見事であり、道行く人も「きれいですね」と声をかけてきた。 昼の時間が一番短い冬至は、ことしは12月22日である。毎朝、同じ時間帯に散歩をしているが、今の季節は日の出が待ち遠しいくらいだ。東の空が赤くなり、朝焼の現象と分かっても雨よ降らないで、と祈りたい気持ちになる。 朝焼より数日前の朝の空には、薄い衣のような雲がかかり、その中に白い月が浮かんでいた。青い空と白い雲・月の饗宴のように見えた。 冬の空に似合う音楽はないのだろうか。手元にあるCDヴィヴァルディのバイオリン協奏曲集「四季」の第4番冬(バイオリン・フェリックス・アーヨ / イ・ムジチ合奏団、1958-1959)を聴いてみた。 全3楽章のうち、第2楽章ラルゴは非常にゆったりしたメロディで、日本では「白い道」というタイトルでNHKのみんなのうたで流されたことがある。海野洋司の作詞で、母親と一緒に歩いた北国の雪の道を懐かしむものだ。歌詞は別にして、冬の空を見上げながら物思いにふけるには、「四季」の冬・第2楽章はとてもいい。 黒田恭一の『はじめてのクラシック』(講談社現代新書)によると、ヴィヴァルディの「四季」が日本で初めて発売されたのは戦後9年目の1954年のことで、媒体はLPレコードだった。SPレコードでは片面あたりの収録可能時間が短く、針先が溝をこするときに生じる雑音が多いのが難点で、SPレコードの時代は「四季」は発売されていなかった。そして、前述のイ・ムジチのLPが出ると、ベストセラーになったというのである。 そのLPレコードもクリアな音質のデジタルのCDが出ると、一部の好事家だけのものとなり、消えかかった。しかし、最近ではLP(アナログ)は温かみのある音質が好まれ、人気が回復しつつあるという。そんなことを考え、繰り返し「四季」を聴いていると、窓の外には夕焼け雲が広がっていた。 単純に夕焼は夏の季語だが、「春夕焼(春の夕焼)」「秋の夕焼」「冬の夕焼」と冠を付ければ、それぞれの季語になる。朝焼と冬の夕焼の好きな俳句は次の句である。いずれも句の風景が頭に浮かぶ。
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朝焼や窓にあまれる穂高岳 小室善弘 朝焼の雲海尾根を溢れ落つ 石橋辰之助 夕焼空に森あり牧場あり 石田あき子 写真 1、散歩コースで見た朝焼 2、同じコースの朝の空 3、神宮のイチョウと空