小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

1282 hana物語(23) 第2章 つぶやき1

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人はなぜペットを飼うのだろうか。さまざまな事情があるだろうが、私の家族の場合は、思わぬ形でやってきたhanaという珍客を私と娘が大賛成、妻は戸惑いの気持ちで迎え入れた。 ところが、戸惑いつつ毎日hanaの世話をするようになった妻は、いつの間にかだれよりも大事にし、hanaの方も妻を慕う関係になった。私が外出から帰っても素知らぬふりをすることがほとんどなのに対し、妻が外から帰ってくると玄関に駆け寄り、「キュン、キュン」と泣いて歓迎するのだった。 娘に対しても妻と同じ行動を取るハナは、散歩のときだけ2人の言うことを聞かない場合が少なくないが、私にだけは従順だ。動物的カンでこの人の力には負けてしまうと感じているのだろうか。 hanaは10歳を超えて「散歩はいやです」と意思表示をすることが目立つようになった。この種類の犬は、前にも書いたように10歳を過ぎるとあとの寿命は神様からのプレゼントだという説もある。hanaもその領域に入ったあと、間もなくして死んだ。それは家族にとってつらく悲しいことだったが、私たちに安らぎの気持ちを与えてくれたhanaは、大切な思い出をいくつも残してくれた。 この章では、hanaと送った日常の断面を半分はhanaの口を借り、残りは私の日記を基に再現してみることにした。 「私の家族 hanaのつぶやき」 私はゴールデンレトリーバーの「hana」(雌4歳)です。「お父」の散歩の友だちであり、この家の中で家族と同じ生活を送っています。散歩は毎日朝夕合計2時間ですが、行きたくない日もあります。私は朝寝坊で、昼はほとんど寝ています。 私がこの家にやってきた事情を少しだけ、話してみますね。私は新潟生まれです。生まれてすぐに、7匹のきょうだいとともにペットショップに引き取られ、最後に売れ残ったのが私でした。いつも隅の方で、遠慮がちにしていたので、だれも買うといってくれなかったのです。あるとき、お父さんの会社の先輩の息子さんが奥さんとともにやってきて私を買ってくれたのです。 それから、楽しい日が続きました。この家で私は4年近く子どものように大事にされて育ちました。でも、息子さんが海外に転勤することになり、先輩夫妻が高齢なため私を世話することができなくなりました。先輩から頼まれたいまの家族が私を引き取ってくれたのです。いまの家にはよく遊びに行き、泊ったこともありますので、新しい家族にはすぐに慣れました。 私は家族が食べているものには何でも興味があります。トマト、キュウリ、キャベツといった野菜だけでなく、バナナ、桃、りんご、スイカなど、果物も大好きなのです。人間の言葉もだいたい理解できますよ。とくに「散歩」は最初に覚えました。この言葉を聞くと、大騒ぎして玄関に向かってしまうのです。  新しい家族はお父さんのことを「お父」と呼び、おかあさんのことは、「ママ」と呼んでいます。不思議ですね。和洋折衷だそうです。ちょっと変だと思うのですが、この言葉もすぐに覚えてしまいました。私がこの家にくると「お父」は映画にもなった作家・中野孝次の小説「ハラスのいた日々」を読み直したそうです。私との関係を考えたからでしょうか。「お父」は、小説を読んだ後「犬と飼い主の関係の深さを思い知ったよ」とママに話し、こんなことを付け加えました。 「この小説は、中野孝次夫妻と柴犬・ハラスの物語で、いかに中野夫妻がハラスを大事にしていたかが分かったよ。殺伐とした時代だからこそ、こうした作品は多くの読者の胸を打つのだと思うのだ。まだ読んでいない人はぜひ読んでほしいね」 私もハラスに負けないくらい新しい家族にとても大事にされていますよ。これからの毎日が楽しみです。(2006・9)