小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

692 不思議な空間に酔う 十和田の現代美術館

画像青森県十和田市に行ってきた。平成の大合併といわれた2005年の市町村合併で、旧十和田湖町とそれまでの十和田市が合併して「十和田市」になったので、市の一部は十和田湖に近い。 しかし、私が行った十和田市中心部にある十和田市現代美術館は、十和田湖には程遠い場所にある。そこは、北国の暗いイメージは全くない不思議な空間だった。そして次々に人がやってくるのだ。 空洞化した街を復活させようと、十和田市が官庁街通りと呼ばれるメーンストリートにこの美術館をオープンさせたのは2008年4月のことだ。計画段階では市民から「何で現代アートなのか」という反対の声も出たという。地元紙の東奥日報も「いまなぜ巨大アートなのか」という社説を掲載して、反対論をぶちあげた。 だが、オープンしてみると、開館後4日で入館者が1万人を超える人気ぶりで、高屋昌幸館長によればこの夏の入館者も予想を大きく超えているという。現代美術というと、よく理解できない作品と思うかもしれない。しかし、ここにある21人の作品は、けっこう面白い。通りに面して韓国のチェ・ジョンファの「フラワーホース」という花模様の馬のモニュメントがある。写真の通り奇抜であり、当初市民からは「街にそぐわない」という声も出たという。
画像
そうだろう。日本人は街づくりで華やかさよりも落ち着いた色を好む。カフェが入った建物の壁にもリンゴの木をモチーフにした白黒の絵が描かれており、こちらもいやがおうにも目に入る。 館内には故ジョン・レノン夫人のオノ・ヨーコの平和を願う「ウィッシュ・ツリー」という作品や椅子に乗って天井をのぞく栗林隆の「ザンプラント」などに交じって、一番人が群がっているのがオーストラリアのロン・ミュエクの「スタンディング・ウーマン」という4メートルという黒い服を着た初老の女性像だ。赤毛のアンを育てるマシューとマリラ兄妹のマリラをほうふつさせる表情をしている。私はそう思ったが、たぶんほかの人たちも、彼女から「人生の哀歓」を感じたに違いない。 今年春には、官庁街通りを挟んで反対側に「アート広場」が完成し、前衛芸術家・草間彌生の「愛はとこしえ十和田でうたう」という作品も展示されている。私はそれが草間作品とは知らずに、「こんなところに遊園地がある。無粋だなあ」と早とちりしてしまった。画像 ここ数年、地方を歩く機会が多い。だが、元気のある街はあまりない。多くがシャッター通りになっていて、人通りも少ない。「街おこし」あるいは「街の再生」という声は聞くが、有効策は簡単に見つからない。では地元紙の反対を押し切って、実現した十和田の現代美術館はどうだったかというと、街の再生にも役に立ち始めているようだ。入館者、観光客用に新しく飲食店も何軒かでき、商店街にも活気ができたというのだ。前々回のブログで紹介したレストランもその一軒らしい。 12月4日、東北新幹線の八戸―新青森間が延伸開業し「七戸十和田」という新駅ができ、十和田市へ行くのも便利になるそうだ。高屋館長は現在の入館者は市内1、県内6、県外3の割合だと話しているが、新幹線の延伸で県外からの入館者の割合が今後は増えるのではないか。私のような門外漢でも楽しめるのだから、時間に余裕のある人は十和田湖観光の中に美術館巡りも盛り込んだらいかがかと思う。