小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

636 高齢化社会の現実を投影 映画「春との旅」

画像 仲代達也と徳永えりの「春との旅」という映画を見て、高齢化社会の現実の厳しさを思った。近所でも高齢者の1人暮らしが増えている。この映画は、世界でも類例のない超高齢化社会が進行中の日本の話なのである。 元漁師の祖父・忠男(仲代)は学校給食の仕事をしている19歳の孫娘・春(徳永)の世話になって北海道の増毛町で暮らしている。しかし春が失職、2人は忠男の引取先を求めて旅に出る。宮城県気仙沼鳴子温泉、仙台、北海道に戻って苫小牧、日高。そして、再び増毛の駅が見えてくる・・・。 2人以外の出演者は達者な俳優たちだ。大滝秀治菅井きん小林薫、田中裕子、淡島千景柄本明、美穂純、戸田菜穂香川照之らだ。それぞれ心に残るシーンがある。忠男と別れる際の大滝と菅井の悲しい表情をはじめ、再会と別れの繰り返しに、居場所のない老人の虚無感が痛いように伝わってくるのだ。 救いはある。母と離婚して日高で牧場経営をしている春の父親真一(香川)を訪ねると、再婚した真一の妻(戸田)が2人を暖かく迎えてくれる。父と再会して父の胸で号泣する春。一方、真一の妻は忠男に「父親と思うので、一緒に住んでほしい」と話すのだ。2人がここに住むことになれば、ハッピーエンドである。しかし、2人はそうはしない。 牧場を抜け出した2人は、町のソバ屋で遅い夕食と取る。その店は、忠男の一人娘で自殺した春の母親と忠男がかつて同じように遅い夕食を食べた思い出の店だった。ソバを食べながら、思い出話にふけり、春の「おじいちゃんを大事にするから。町に戻って仕事を見つけ、おじいちゃんがいても結婚してくれる人を見つけるから」という言葉に、涙を流す仲代の演技がいい。孤独から救われた老人の思いがソバを食べ続ける姿に込められている。 JR留萌本線は1両編成で、増毛駅はその終点にある。深川から増毛間の全長は66・8キロ。ラストシーン。この1両の車両に乗っているのは仲代と徳永の2人だけだ。運転席の一番近くで横長の椅子に座った2人。孫娘は祖父を抱きかかえるようにしている。車内放送が「間もなく増毛」という放送を告げる。すると・・・。それは悲しい結末だが、ある意味では2人には「救い」とも思える出来事だ。 足の悪い元漁師を演じる仲代は、格好よすぎて漁師の雰囲気はあまり感じられない。しかし、足をかばいながら懸命に歩く姿やきょうだいたちとのやりとりはさすがである。柄本とのすさまじい怒鳴り合いも、迫力があった。仲代とともに旅をする徳永は、最初は小学生か中学生くらいにしか見えなかった。祖父に似た若い女性らしくないガニ股の歩き方も演技だったのだろう。いい女優に成長する予感がする。 知人の説によると、この映画は小津安二郎監督、笠智衆主演の「東京物語」を意識しているのではないかという。東京物語は、核家族化と高齢化社会の問題を先取りした作品と言われたが、春との旅はそうした時代の真っただ中に、私たち日本人がいることを痛感させられるのだ。