小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

547 夕焼け空 茜雲に思う

画像 <昼ごろまで降っていた雨が午後には上がり、犬の散歩をする時間帯には虹が出た。少しすると、西の空は見事な夕焼けになった。昨日までの寒さはうそのようだ。携帯電話のカメラを使って、何枚か撮影したのが添付している写真だ。茜色に染まった夕空を見上げながら、きのうのことを思い出していた。 昨夜は後輩の送別会だった。人生の転機を迎えた彼のために、かつての同僚たちが集まった。時間前に彼は姿を現したが、やや憔悴していた。それはそうだ。実は彼の息子が車で出勤途中に気を失うという危機一髪の事態があったというのだ。彼の話を再現する。 朝、息子さんはいつものように車で出勤した。その息子さんから1時間ほどして「気分が悪くなった、助けて」という電話が入った。その場所は東京のJR北千住駅前だった。彼はあわてて電車に乗り、現場に向かった。駅前の道路わきに息子の車が止まっており、後にはパトカーがいた。ふらふら状態の息子さんは、父親が駆けつけたことを知って、安心したのかようやく話ができるようになった。 「車を運転していて、急に気分が悪くなり、駅前の道路左側に乗り上げて止まった。その後お父さんに電話をしたことまでしか覚えていない」 喘息を持っている息子は、この数日体調が不良でかかりつけの町医者から薬をもらっていた。この日の朝も、薬を飲んで車を運転していたという。そんな話を聞いたパトカーの警察官は「それじゃあ、ここに止めたのは仕方がないですね」と、駐車違反切符を切らずに去っていったという。 息子さんの体調はよくないにもかかわらず、後輩は自分で車を運転して、自宅のある埼玉県越谷市に戻り、市立病院へ直行した。救急窓口はすぐに診察室に案内してくれた。だが、看護師から話を聞いた医師は「もう大丈夫なのだから、かかりつけの医者のところに行けばいい」といって、診察室に姿を見せない。仕方なく、町医者に電話をすると、いまは休憩時間で見られないと、にべもない返事だった。 診察室でぐったりとしている息子を見て、後輩は看護師に早くみてほしいと訴えた。看護師の口添えもあって、ようやく姿を見せた医者は、しぶしぶ診察をする。「風邪だよ、風邪」というのが診断結果だ。しかも、検査もしないで「新型ではない」と断言したというのだ。 いま、どこの病院も季節性インフルエンザの対応で多忙を極めているようだ。まもなく新型の予防接種も始まる。そのために、越谷の市立病院でも急患なのに冷たい対応をしたのだろう。一方的に病院を責めるわけではないが、 どんなときでも「赤ひげ」のように、患者の立場で物を考えることができないようでは、医者としての資格はない。幸い、息子さんは元気を取り戻り、自宅へ帰ったそうだが、小さな子どもがいるため症状が落ち着くまでは、隔離状態にいるという。 11月。ことしも残すところ、1ヵ月半しかない。夕焼けは美しいが、茜色は物寂しさを誘う色でもある。 画像