小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

545 逃亡の果てに 情報化社会の市橋容疑者逮捕

3日のブログ「現代を象徴する事件と警察力」の中で、「千葉県警は、2007年3月の英会話学校講師の英国人女性殺害事件(容疑者の指名手配は死体遺棄容疑)でも、写真まで公開したのにいまだに容疑者を逮捕していない」と書いた。

翌4日の新聞朝刊(朝日)に市橋達也容疑者が整形手術を受けていたことが報道されて以来、メディアがこの事件を毎日取り上げ、10日夜、大阪市内で逮捕された。現代が情報化社会であることを象徴する展開だった。

市橋容疑者は、自宅のマンションで警察から事情を聞かれている最中にはだしで逃げ出し、そのまま行方をくらました。だから、逃走資金(5万円程度)もほとんどなかったはずだ。千葉からどのようにして逃走を続け、大阪の建設会社にもぐりこんだのかはまだ分からない。警察が懸賞金1000万円をかけ協力を呼びかける特異な事件でもあった。

かつてアメリカのテレビドラマ「逃亡者」が高視聴率を記録した。妻を殺したという疑いで指名手配された医師が逃走を続けながら、真犯人を探して全米を転々とするストーリーだ。この医師は、半白だった髪を黒く染めたうえ、もちろん名前を変える。行動も極力目立たないように注意を払う。それでも病人の手当てをするなどヒューマニズム精神を発揮して、周囲の注目を集めてしまう。

市橋容疑者の逃亡の姿は、テレビドラマを彷彿とさせる。顔を整形し、髪型も変える。眼鏡をかけ、髭も伸ばす。もぐりこんだ建設会社では、いつも帽子はかぶったままで、写真はまともに写らないように気をつける。しかし整形手術した顔を警察が公開し、世間の注目が集まり、沖縄行きのフェリー乗り場で110番通報を受け、逃亡生活に終止符を打ったのだ。いつもびくびくしながら逃げ続けた2年7ヵ月は、心が休まる時間がなかったに違いない。

水上勉の「飢餓海峡」という名作がある。青函連絡船・洞爺丸の遭難や北海道岩内の大火をモデルにした推理小説で、逃亡する殺人犯とこれを追い詰める刑事たちの姿を描いている。10年という歳月を経て、逮捕された男は北海道に移送される途中、刑事の隙をみて青函連絡船から身を投げてしまう。一方大阪から新幹線で移送された市橋は、東京駅であふれかえる報道陣にもみくちゃになった。それは驚くべき光景だった。