小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

483 「アジア新聞屋台村」 不思議な多国籍新聞社の物語

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マニラで日本語新聞を発行している知人がいる。元新聞記者の彼は、家の事情で一度新聞業界から足を洗った。しかし記者としての仕事を忘れることができなかった知人は、それじゃやあと、自分で新聞社を作ってしまった。高野秀行の「アジア新聞屋台村」を読んで、知人の新聞創刊当時を想像した。 屋台のような小さな新聞社。その経営者は30を過ぎたばかりの劉さんという台湾の女性で、彼女はタイ、台湾、ミャンマーインドネシア、マレーシアの出身者向けに5つの新聞を発行している。高野が宇宙人と名づけた不思議な女性だ。 編集顧問として入社した高野はそこで、多国籍の人たちと出会い、日本人としての常識が通用しないことを痛感する。新聞の作り方も、原始的だ。几帳面さとは縁遠い集団。でも、新聞は何となく発行される。 時間にルーズで会議の嫌いな屋台村の住人たち。記事の内容もいい加減だ。日本の会社とは全く違う組織だ。日本の新聞社は締め切り時間厳守であり、会議の連続だ。それと反対の新聞社の存在に高野は当初、戸惑い続ける。その姿からは日本人の国民性を感じ取る。 それでも高野はこの新聞社に5年間も在籍する。劉さんだけでなくこの新聞社で働く人たちは、それぞれに面白く、味がある。その人たちは肩に力が入っていない。伸び伸びと自然に生きているのだが、けっこうたくましくてしたたかだ。 作家の角田光代さんは、この本の解説で「異文化とは何か、それと折り合うとはどういうことか、ひとりで立つとはどういうことか、わかり合うとはどういうことか、日本とはどういう国か、国民性とは何か・・・抱腹絶倒必至のこの物語には、じつに深いことがらがいくつも埋めこまれている」と書いている。 そんな諸々のことを考える材料を高野はユーモアあふれる筆致のこの本で、私たちに示してくれた。