小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

459 うそのような本当の話 ある食品会社の良心

こんなことを書くと、本当かなと思う人がほとんどだと思う。かつての同僚から家にファクスで便りが届いた。そこには「近くうどんが届きます」と書いてあった。

何のことかよく分からなかったが、読み進めて理解はできた。古い話であり、にわかには信じることができなかった。しかし夕方、本当にうどんが届いて驚いた。食品偽装など、企業の倫理が問われる時代に、このような会社があることに感心してしまった。

もうはっきり覚えていないが、ファクスの主である元同僚と昨年ある会合で同席し、昔話をしたらしい。私たちがかつて所属した会社のある部は100人を超す大所帯だった。個性ある人物がそろっていて、かつての勤務地などの名産品を産地直送で購入する世話役を買って出る人も珍しくなかった。6月のうどん(岡山産)、12月の車えび(宮崎産)は特に人気があった。

6月のうどんの産地直送の購入責任者がファクスを送ってきた元同僚だ。恒例行事のようにうどん購入募集の張り紙があり、申し込んだのは24、5年前だ。それまでに3、4回申し込んで、家族だけでなく近所にも評判の手延べの乾麺だった。色は白く、やや太い。こしが強くて歯ごたえがある。このうどんを注文すると、本格的な夏到来を実感したものだ。

申し込んで1週間程度でうどんが届いた。しかし、ゆであげたうどんは、油の臭いがして一口食べただけで家族全員が吐き出してしまった。念のため、ほかの束をゆでてみたが変わらない。妻はこんなものは食べられないと、残った28束を箱ごと捨ててしまった。製造工程の一部で何かの油が混入したのかもしれない。

折をみて同僚を通じてメーカーに連絡しようと思っていたが、忙しい仕事に追われていてそれも忘れてしまい、いつか時間が過ぎてしまった。それから20数年が過ぎて、彼との昔話でうどんが話題になったのだ。

人間というものは、食べることには貪欲だ。だから、こうした記憶もはっきりと残っていたのだろう。彼のファックスには要約すると「油臭くて1箱そのまま捨てたとおっしゃっていましたね。私も同じ感じを持ちましたが、そのまま食べてしまいました。ことしもうどんの季節になり、あの話を思い出して、メーカーに連絡したら、『申し訳ありません。早速1箱送らせていただきます』という話でした。当時、まとめて注文していた責任者として、これで少し安心しました」と書いてあった。

その通り、夕方そのメーカーから、宅配便で1箱の乾麺が届いた。手紙が同封され「以前にお送りいたしました製品におきまして、ご不快をおかけ致しましたこと、深くお詫び申し上げます。日ごろより、製品の品質には十分管理し、最良の商品を召し上がっていただくべく努力しておりますが、ご不快をお掛けしたことを重ねて陳謝申し上げます」とあった。

企業の社会的責任(CSR)がいわれて久しい。しかし、利益追求に走るあまり、企業が起こす過ちは絶えることがない。そんな中でふた昔以上も前の話に対し、きちんと対応するメーカーがあることに私は驚き、その姿勢がうれしくなった。

元の同僚は、このメーカーとはその後も付き合いがあったろのだろうか。メーカーに昔話のつもりで、私の話をしたのだろうか。それにしても、当に時効になった話をよく信じたものだと思う。ふつうは「そんな昔のことには責任が持てません」と、相手にしないはずだ。それだけに長い歴史を持つ地方企業の消費者を大事にしようとする良心を感じるのだ。

長々と書いたが、このメーカーは岡山県里庄町の岡山手延素麺株式会社だ。久しぶりにこしのある手延べ麺うどんを食べた。繊細な秋田の稲庭うどんとは対照的にこしがあって、食べていると、体の奥から力がわいてくる感覚を味わうことができた。この手延ベ麺は備中地方で平安時代初期から受け継がれてきた手作業の乾麺だそうだ。伝統のうどんなのである。