小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

435 ライラックの咲くころ リラ冷えの季節に

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近所の庭や遊歩道のわきのライラックが咲き始めた。フランス語ではリラともいうが、渡辺淳一に「リラ冷えの街」という札幌を舞台にした作品がある。 札幌でライラックが咲くのは、6月初めごろだ。季節は初夏なのに、朝夕は冷え込む日があり、渡辺はこの季節の微妙な気温の変化を「リラ冷え」という、文学的な表現で読者に示した。あじわいがあって好きな言葉だ。 札幌には、ライラックがどこにでもある。札幌で生活したころ私は歩いて通勤していた。その途中にある大通公園でこの花を楽しんだ。その花はブドウの房のような形をしている。中には下を向いているものもある。 時にはカメラを構えて時間をつぶした。別の日は公園のベンチに座り缶コーヒーを飲みながら、白と紫のライラックの花に見入った。こんなことをしている勤め人は私以外にはいなかった。 ある休日、大通公園と並んでライラックの名所である北大植物園に缶ビールを持って入った。空は青く澄んでいて、ライラックの紫色と白色がよく映える。芝生に座り込んで缶ビールを飲みながら読書をする。 時々本から目を離すと、目の前を美しい女性が歩いていたりする。昼のビールに酔った私はそこでうたた寝をする。それは気持ちのいいものだった。しばらくして、急に寒さを感じて目が覚めた。太陽が雲に隠れ、気温が下がったからだ。慌てて身を起こしながら、これがリラ冷えなのだと思った。 今週初め札幌に行く機会があった。寒さが残り、朝夕はコートが必要だった。東京は新緑の季節だが、大通公園は人影もまばらで寂しい。札幌の遅い春はこれからなのだ。 ものの本によると、パリの春は街路樹のマロニエの花が名物だ。公園や古い屋敷ではリラの花が美しく咲き誇るという。パリにもリラ冷えがあるのだろうか。 地球の温暖化の影響か、近所にあるライラックの開花はますます早くなっているようだし、花も以前より長持ちしない。札幌から離れて間もなく7年になる。北海道も温暖化の影響は受けているはずだが、リラ冷えという現象がいまもあるのかどうか、私は知らない。 トルストイの「復活」にも白いリラの花が登場するそうだ。それを覚えている人は、かなり熱心なトルストイ・ファンなのかもしれない。