小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

323 孤独な時代 新宿の光景

久しぶりに、新宿中央公園を歩いた。この公園の中に新宿エコギャラリーがあり、過労やうつ病による自殺者をこれ以上出さないためにと、大阪のNPO「働く者のメンタルヘルス」が開催した展示会をのぞいたからだ。

エコギャラリーは緑の木々に囲まれ、静かだった。会場には自殺した人々の遺書や写真が飾られ、いまの日本社会がいかに生きにくいかを示していた。

警察庁の調べによると、自殺者は昨年も3万人を超え、10年連続で3万超という先進国でも不名誉な記録を更新し続けている。この中でもうつ病による自殺が18%というから、職場環境が悪化していることが分かる。

バブル経済の崩壊後、日本社会ではリストラが恒常化し、競争という名のもとにより多くの成果を求める「成果主義」がどこの職場にも入り込んだ。その結果がうつ病の増加なのである。

小学校1年生が、自殺した父親をしのんでつくったという詩が目に入った。

ぼくの夢 大きくなったらぼくは博士になりたい 

そしてドラえもんに出てくるようなタイムマシンをつくる ぼくはタイムマシンにのって お父さんの死んでしまう前の日に行く そして 「仕事に行ったらあかん」て いうんや

父親は和歌山県の市役所勤務で、新しい条例をつくるために月150時間もの残業をしていたが、ある日過労のあまり自殺してしまう。そのときは、うつ状態になっていたのだ。幼稚園児だった長男は、小学生になってもう戻ってこない父親を思って、詩を書いたのだそうだ。

シンガーソングライターを目指すという青年がこの詩に曲をつけ、美しいメロディのCDになった。このCDはメロディが美しいだけに、悲しみが伝わってくる。

展示会を見た後、セミの鳴き声がうるさい公園を歩いた。木陰は涼しいが、直接日差しが照りつける場所を歩くと汗が噴き出してくる。そんな中で、ビールのミニ樽アルミ(2リットル入りか)をわきに置いて、寝転びながらビールを飲んでいる男性がいることに気付いた。

身なりは普通で年格好は団塊の世代くらい。時間は午後3時ごろであり、初めはまあ優雅だなと思った。しかし、よく考えてみると、いろいろ事情がありそうだった。定年を迎えのんびりとだれにも邪魔をされずに、昼のビールを楽しんでいたのかもしれない。

あるいは、奥さんに家を追い出され、やけになってビールを飲んでいたのかもしれない。理由はよく分からないが、男性は無表情であり、実はそう楽しそうには見えなかった。

いま見てきた展示会を思い出した。だれにもそのつらさを打ち明けられないまま、孤独のなかでうつ病になり、死を選んでしまった多くの人たちと、この男性はあまり変わりはないのではないかと思った。

男性に話を聞いてみようと考えたが、楽しみを邪魔するのは悪いので、そのまま通り過ぎた。たぶん、ビールの大小は別にして、ほかの公園でも同じような、孤独な男性の姿があるかもしれない。そんな時代なのである。