小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

202 船場吉兆幹部の台詞忘れ 危うい同族経営

船場吉兆の食品偽装問題(消費期限ラベルの張り替えや産地偽装など)で、記者会見した母子経営者の間で聞く方が恥ずかしいと思える「耳打ち」がテレビやラジオを通じて流れた。

言葉が出ない息子に対し、母親が「頭が真っ白になって、言葉が出ない」と、耳元でささやき、それを鸚鵡返しのように息子が言う。まるで、芝居で台詞を忘れた役者に対し、黒子が台詞をささやくのと似ている。それにしても公の記者会見でのことである。

船場吉兆は、この10日、業務改善報告書を農水省近畿農政局に提出した。この後入院中の湯木正徳社長に代わって、妻で女将を務める佐知子取締役と長男の喜久郎取締役が会見した。

この時の模様がテレビで何度も放映され、朝の散歩中にラジオでも流れ、私の耳にも入ってきた。子どもが大きくなっても、母親からすれば子どもなのだ。緊張のあまり、スムーズに言葉が出ない息子に対し、つい耳打ちをしたのだろう。テレビはそれっとばかり飛びついた。

湯木社長や2人の息子(取締役)は、従業員や取引業者に責任を押し付けようとした。それが、「吉兆」という高級料亭の名看板を背負った船場吉兆の転落の大きな要因だったといえよう。世襲による同族経営という会社は少なくはない。

歌舞伎の世界は世襲制だし、なぜか政治家も2世、3世が目立つ。ブッシュ米大統領や小泉、安倍、福田と続く日本の首相もみな父親からその地盤、看板(もちろんかばんも)を引き継いだ。北朝鮮金正日金日成から権力譲渡を受けた。

海外でいえば、ルイ14世の首をはねたフランスの死刑執行人サンソン家も世襲だったし、日本の江戸時代の死刑執行人、首切り浅右衛門こと山田浅右衛門も8代にわたって幕府からの命で切腹の介添えする首切り役を続けた。

このように、時代は変わっても内外ともに多くの分野で世襲が多いのである。そんな中での船場吉兆の母と息子の姿はこっけいである。日本料理で文化功労賞を受賞した故湯木貞一氏は、子どもたちのためにいくつかの吉兆を残した。

しかし、湯木氏は「児孫のために美田を買わず」(親の残した財産は、かえって子孫をだめにする場合が多く、苦労させてこそ人間は成長するという意味)という言葉を忘れていたとしか思えない。後継者に対し、厳しい試練を与える創業者も少なくない。それは、この言葉の意味をよく知っているからにほかならない。