小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

101 ロング・グッドバイ 村上春樹の名翻訳

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翻訳小説はあまり読まない。その理由は文体がいわゆる翻訳調のため、なじめないからだ。そうした先入観を打ち消してくれたのが、村上春樹が翻訳したこの小説だ。

レイモンド・チャンドラー作のハードボイルドで、1958年に清水俊二訳の「長いお別れ」として出版されており、「ロング・グッドバイ」は新訳版といえよう。

村上は訳者あとがきの中で、清水訳は細部が省略されていたが、今度の訳には省略された部分も含んでいると記している。読み比べていないので、どの部分かは分からない。

しかし、村上訳を読む限り、冗漫と思える部分はなかったように思える。

この本の主人公は、小さな探偵事務所を持つフィリップ・マーロウだ。周辺で殺人事件が起き、それを彼が解明していくが、最後は意外な展開となる。

日本人作家では、原尞の一連の私立探偵沢崎を主人公にした作品をほうふつさせる作品である。もちろん、原の方がチャンドラーを意識して日本版私立探偵像を確立したのだろう。

それにしても主人公のスタイルはよく似ている。冷静にものごとを見て、自分の利益はあまり考えず、斜に構えているのだ。

こんな探偵が日本に存在するとは思えないし、探偵の社会的地位は、小説の世界以上に低いし、認知されていない。

推理小説やハードボイルドを読む楽しみは、事件がどのように展開していくかということだ。そのなぞ解きには多くの作家が挑戦した。

ロング・グッドバイは、なぞ解きが面白いだけでなく、村上春樹の日本語の確かさから、翻訳小説の域を超えた格調の高い文学作品に仕上がっているといえよう。