小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

95 医師群像 ひた向きに患者に向かう

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江戸時代に活躍した相撲の名大関雷電」を主人公にした飯嶋和一の「雷電本紀」は、いつになっても色あせしない小説だ。

この中に江戸庶民を相手にする名医が登場する。庶民相手の名医といえば、山本周五郎の「赤ひげ」を連想するが、飯嶋版赤ひげの「恵船」という名医の場合、声は大きくべらんべぇ口調だ。

スタイルも「白髪まじりの髪を後ろにすき元結で束ねただけ。羽織もつけず筒袖襦袢にパッチをはき、魚屋のような格好に医師の下僕が身につける長い腹掛け」と、外聞を気にしない。

針や独特の治療法で、雷電や千田川(後の玉垣)という名力士のけがもたちどころに治してしまう。金持ちは診療せず、貧乏人相手で治療費もまともに取らないから自分も貧乏だ。

かつて、イギリスの作家、A・J・クローニンの「城砦」の翻訳版が出版され、ベストセラーになった。人間らしく生きるために医学界の古い体質に闘いを挑む若き医師の姿に多くの読者は共感を抱いたのだろう。

その生き方は恵船と同様、ヒューマニズムの精神そのものだ。2つの作品に共通するのは「医は仁術」を地で行く医師の姿である。

もう1人、医師としてつい昨今まで関心を集めたのは、NHKで放映した韓国版大河ドラマの主人公「チャングム」である。16世紀初頭の朝鮮王朝時代に「医女」として実在した人物をモデルにドラマはつくられたという。

母の遺志を継ぎ宮廷料理人の頂点を目指す聡明なチャングムは、宮廷内の権力争いにほんろうされながら、ついには医学を学び、苦難の末、王の主治医という地位に登りつめる。

料理、健康という身近な話題が盛り込まれ、韓国では50%を超える視聴率を獲得し国民的な支持を得た。主演のイ・ヨンエは一躍アジアを代表する女優になった。

2つの小説とドラマの医師たちに共通するのは、ひた向きに自分のスタイルで病気と患者に立ち向かう点だ。医師の理想像として心を打たれる。

では、日本ではこうした医師が大多数と言えるだろうか。生涯のほとんどを中国で暮らし、晩年日本に帰国した知人の女性医師がいた。

彼女は既に亡くなったが、亡くなる直前、日本の医学のあり方に関して「技術は進んだが、心は退化している」と辛らつな評価をしていた。

企業の不祥事が相次ぐいまの日本社会にもこの言葉が当てはまるように思えてならない。