1907「それを言っちゃあおしめえよ」 寅さんに怒られる
「それを言っちゃあおしめいよ」。寅さんが怒っている夢を見た。天国で楽しい生活を送っているはずの柴又の寅さん(山田洋次監督、渥美清主演「男はつらいよ」シリーズの主人公)は、いつもの、あのスタイルで、普段の柔和な表情とはかけ離れた厳しい顔で、コロナ禍に戸惑う私たちを叱咤しているのだった。政府はコロナ禍によって客足が途絶えた観光地対策のために、「Go Toキャンペーン」を前倒しで22日から始めることを公表した。これに対し危ぶむ声が強くなっている。寅さんはこれにも怒っているようだった。
そうか、寅さんでさえも、と思っていると、頭をガツンとやられた。俺はお前が思っていることなんて、お見通しなんだぞ、というわけである。妙な夢だった。寅さんが私にげんこつを振るったのは、天国から見ていて現代に生きる私たちがあまりにも不甲斐ない、その代表として私を覚醒させようとしたのかもしれないと、思った。
寅さんの夢から覚めた朝、新聞を開くと、やはりコロナ関係の記事が大半だった。緊急事態宣言解除後、収まるかに見えた感染のペースが、このところ再燃し危険な状態になっている。こんな中、政府がスタートさせようとしている「Go Toキャンペーン」に延期を求める声が出ていることを中心に、大きなスペースが割かれている。多くの観光地を持つ地方紙はどんな記事を載せているのか。調べてみると、ほとんどが社説でこの問題を取り上げ、実施時期の延期や、苦境に立つ事業者の直接支援策の必要性を訴えている。そんな地方の声に政府は聴く耳を持たないのだろうか。
新聞を閉じて、ぼんやりと以下のようなことを考えた。
日本人は清潔好きで国民皆保険制度があり、病気に対してきちんとした対応をとってきた。だから、感染症が流行しても恐れる必要はないと思ってきた。だが、コロナ禍で日本はアジアの後進国的存在になってしまった。新聞に掲載される世界各国の実情を見て愕然とし、日本は変わってしまったのかと思わざるを得ないのだ。その責任は政府にも国民にもある。緊急事態宣言解除後、第2波ともいえる感染者激増の実態は「喉元過ぎれば熱さを忘れる」日本人の悪しき性質が反映しているように思えてならない。
そして、寅さんから「それを言っちゃあおしめえよ」と言われるほど、とんでもない言葉を日常的に使い、非常識を常識と勘違いした人間が、世界の大国のトップとして君臨する時代。人間は反省という言葉を忘れ、日々退歩しているのではないかと天国の寅さんも見ているに違いない。
放浪の俳人、種田山頭火の「山行水行」(『山頭火句集』ちくまぶんこ)のような、平凡な日常が懐かしい。
山あれば山を観る 雨の日は雨を聴く 春夏秋冬
あしたもよろし ゆふべもよろし
追記 16日午前に開催された経団連のフォーラムで、新型コロナ対策分科会の尾身茂会長は「GoToトラベルキャンペーン」に関連して「旅行自体が感染を起こすことはないですから、もしそれが起きていれば日本中は感染者だらけ」と述べたという。感染拡大を防ぐために旅行を控える必要はないという考え方で、「旅行先で飲み屋や接待を伴う店などで3密の状況になったり、大声を出したりするなどの行動を取れば、感染の可能性がある」と付け加えたものの、政府のキャンペーンを後押しする見解といえる。
東京では286人という一日で最大の感染者が出ており、東京周辺でも感染拡大が続いている。「無症状の人が混じっている可能性もあるし、人が移動すれば感染リスクが高まるのは常識であり、尾身発言は詭弁」などという反論が出ている。寅さんも「おいおい、それを言っちゃあおしめいよ」と嘆いているかもしれない。与党内からも、この時期のスタートに慎重論が出ているというが、さて政府の判断は……。
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