小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

1881 何をやっているのか日本の政治 床屋談義から

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「今の日本の政治は何をやっているんでしょうね。本当にだめですねえ」。行き付けの床屋で、椅子に座ったとたん、鋏を持った理髪師がこんなことを私に言った。以前なら、私も感想を述べ「床屋談義」となるのだが、何しろコロナ禍が続く時期であり、「そうですね」と短く答えるだけにとどめた。髪を切ってもらいながら、私は理髪師が何を言いたかったのだろうかと考えた。そういえば、このところ新聞やテレビではコロナの話題のほかに、国会の呆れた動きが報道されており、理髪師はこのことも話したかったのだろうと推量した。  

 呆れた動きというのは、言うまでもなく国会の委員会で野党党首が「火事場泥棒のようだ」と指摘した、検察庁法改定案(あえて改正案とは書かない)を政府が成立させようとしていることだ。新型コロナのために全国に緊急事態宣言が出され、国民が外出自粛や営業休止をしている中で、それこそ不要不急の法案を通そうという政府の動きは、火事場泥棒といわれても仕方がないだろう。  

 1月末の黒川弘務東京高検検事長検察庁法を無視した突然の定年延長と、検察官も国家公務員法による定年延長制度が適用されるという強引な法解釈の変更(これまでは検察官の定年は検察庁法に規定され、検事・検事長は63歳、検事総長のみが65歳と定められていた)に続き、法の改定によって検事長ら検察幹部を定年になっても政府の裁量でその職にとどめることができるという規定を新設するという。そして、政権に近いといわれる黒川氏は半年の定年延長によって、次の検事総長に起用されるのではないかという指摘も出ている。  

 こうした政治の動きに対し、芸能界の著名人を含めてツイッターによる反対の声が上がり、松尾邦弘・元検事総長ら検察OBが法務省に法改定反対の意見書を出した。法案に対し、検察OBが反対の声を上げるのは異例だそうで、今回の政府の動きがいかに問題であるかを物語っているといえる。この意見書は黒川氏の定年延長を違法と断じ、2月に「検察官にも国家公務員法の適用があると従来の解釈を変更する」と述べた安倍首相の姿勢はフランスのルイ14世の「朕は国家なり」という、中世の亡霊のような言葉を彷彿させると、厳しく批判している。歴史に残る独裁者と比べられた首相は、後世どのように評価されるのだろう。  

 改定案の問題点としてこの意見書は、違法な黒川氏の定年延長を後追いで容認し検察の人事に政治権力が介入することを正当化しようとするものだとも批判し、一連の動きは検察の組織を弱体化して、時の権力の意のままに動く組織に改編させようとする動きだと懸念を示している。意見書に名を連ねた元法務省官房長でさわやか福祉財団会長の堀田力氏は、朝日新聞の取材に「定年延長を受け入れた黒川君の責任は大きい。それを認めた稲田伸夫検事総長も責任がある。2人とも自ら辞職すべきだ」と語っている。普通の常識とプライドがあれば、当然そうするだろうが、2人はどう出るのか。  

 最後にコロナ問題について。私が通う床屋さんは休業せず、影響もあまりなかったという。しかし、緊急事態宣言が続いた中で経済活動に多大な影響があり、今後の国民生活に不安を持つ人は少なくない。さらに、日本でのPCR検査の少なさ(前回のブログ参照)やマスク不足も露呈され、安倍首相は4月初めPCR検査をそれまでの倍にし、1所帯あたり2枚の布マスクを配布すると宣言したが、検査数は一向に増えず、マスクも5月も中旬なのに配布されたのは東京など一部に限られ、私が住む地域(千葉市)には配られた形跡もない。一方、店頭でマスクが売られているのも見かけるようになったし、手製のマスクをする人も少なくないから、配布の必要性は薄らいだといえる。妊婦用に配布のマスクに黄ばみや汚れといった不良品が出たため、検品に8億円もかけるというニュース(注・後日8億円は国民に配布する全体のマスクの検品費用と厚労省が訂正)もあり、アベノマスクは無駄の象徴としてコロナの歴史に刻まれることだろう。  

 そんな中での検察庁法の改定を図ろうと政治の動きに「KYであり、コロナ禍にあえぐ国民を見下しているとしか言いようがない」という声が上がるのは当然だ。検察OBの意見書は「正しいことが正しく行われる国家社会でなくてはならない」と書いているが、私の髪を切っている理髪師も「その通り」と思っているに違いない。  

 床屋から家に帰って、新聞のスクラップ帳を見たら、1988(昭和63)年12月、リクルート事件の最中に東京地検検事正に就任した「ミスター検察」「特捜の鬼」といわれた吉永祐介氏(後の検事総長)が目標として語った言葉が載っていた。「厳正公平、不偏不党で犯罪と対決し、より充実した検察を推進すること。より具体的には基本に忠実であり、当たり前のことを当たり前にやる。平凡なことだが、実行は必ずしも容易ではなく、平凡なことを日常積み重ねることが非凡な結果につながる前提だと思う」。検察官としてのプライドを感じる言葉である。

 追記 安倍首相は反対の声が強いことから、今国会での成立を断念、次の国会以降に先送りすることを決めたという。小学校4年生の孫娘も「何でコロナじゃないことを国会で話し合っているの」と、疑問の声を上げていた。ニュースで知ったというが、小学生でも疑問に思うことをやろうとしたのだから、この政権も末期的と言わざるを得ない。(5月18日)