小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

1753 天に通じる肉親の言葉 池江選手の白血病公表

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「人事を尽くして天命を待つ」というよく知られた言葉がある。「人としてできる限りのことをして、その結果は天の意思に任せるということ」(大修館書店・明鏡国語辞典)という意味だ。中国南宋時代の政治家で儒学者、胡寅(こいん)が記した『読史管見』にある「人事を尽くして天命に聴(まか)す」が出典といわれる。水泳の池江璃花子選手が白血病であることを公表したニュースを聞いて、この言葉を思い浮かべた人は少なくないだろう。  

 若さにあふれ、向かうところ敵なし。まさに天才スイマー。そんな18歳を突然、病魔が襲った。「白血病と診断されたとき、頭が真っ白になった」。昨年10月、横浜市で開催された白血病の骨髄移植に関するシンポジウムで、大学在学中に白血病になった元患者の若い女性がこう話していたことを忘れることができない。  

 オリンピックという大きな目標に向かって歩みを続けている時に、突然立ちはだかった病気という大きな壁。「私自身、未だに信じられず、混乱している状況です」というコメントを読んで、池江選手が元患者と同じく不安な日々を送っていることが容易に想像できる。    

 辞書によると、「天命」とは①天が人間に与えた使命。天の巡り合わせ②天から与えられた命、天の定めた人間の命、天寿③天が罰す罪、天罰――の3つの意味(物書堂・精選版日本国語大辞典)があるそうだ。②と同様に「変えようとしても変えることの出来ない、身に備わった運命」(三省堂新明解国語辞典)という説明もある。だが、この世に生を享けた以上、生きるためにできる限りのことをやるべきだというのが胡寅の教えなのだと思う。  

 急性リンパ腫白血病を克服した友人の体験記を読むと、克服までの道のりは険しかった。院内感染によって肺炎となり、命の危機を迎えたこともあった。だが、抗生剤が効いて危機を脱出。そしてドナーから提供された骨髄移植が功を奏し、色のない無菌室(白血病患者は抵抗力が弱くなっているため、無菌状態に保たれた病室で治療を受ける期間がある)から色彩に満ちた世界に生還した。  

 池江選手がこれからどんな治療を受けるのか分からない。池江選手の祖母は「水泳なんてやらなくていいから、とにかく長い生きしてほしい」と語ったという。孫を思う祖母のこの祈りの言葉が、天に通じることを信じたい。そう、水泳よりも、ましてオリンピックよりも大事なのは命なのである。「しっかり治療をすれば完治する病気でもあります」とコメントに書いた池江選手。強い意志を持って病気と闘うに違いない。

 

(敬愛していた社会部時代の大先輩の編集委員が急性白血病で亡くなったのは、1989年だった。あれから30年。医学が進んだ現代なら命を失うことはなかったのではないかと思う。編集委員としてやりたいことが多かったはずである。それが悔しい)

 1649 病床で見たゴッホの原色の風景 友人の骨髄移植体験記  

 1707 感動の手紙の交換 骨髄移植シンポを聴く