小径を行く

時代の移ろいを見つめた事柄をエッセイ風に書き続けております。現代社会について考えるきっかけになれば幸いです。筆者・石井克則(ブログ名・遊歩)

1716 茶道と25年の歳月 映画「日日是好日」

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日日是好日」という言葉を座右の銘にしている人がいるだろう。広辞苑を引くと「毎日毎日が平和なよい日であること」と出ている。元々は中国の『碧巌録』(へきがんろく)という禅に関する仏教書の中にある言葉だという。読み方は3通り(にちにちこれこうにち、にちにちこれこうじつ、ひびこれこうじつ)ある。この言葉を題名にした映画を見た。先月亡くなった名女優樹木希林と若手演技派女優黒木華が共演した、茶道と人生をテーマにした淡々とした日々をつづる映画だった。  

 私たち日本人は日常、お茶を飲んでいる。そのお茶(茶の湯)を通じて、精神の修養と人との交際の礼儀作法を極めようとするのが茶道である。映画は大学生の時から樹木扮する茶道の武田先生に師事する黒木演じる典子、従姉の美智子(多部未華子)を軸に四季折々の自然を背景に織り交ぜ、武田先生と典子の25年の歳月を描いている。  

 茶道の決まりごとに戸惑いながら、次第にこの道になじんでいく典子の20歳から45歳までの姿を黒木は演じ切った。就職に失敗し出版社のアルバイトを経てフリーライターの道を歩む仕事のこと、失恋と新しい恋のこと、父の死という家族の出来事、商社をやめて郷里で医者と結婚する道を選んだ美智子のことなどが黒木のナレーションを交えながら描かれている。干支や季節によって変わる茶碗や掛け軸、添えられる和菓子も印象的だ。  

 樹木希林の武田先生は背筋を真っすぐに伸ばし、いつも穏やかな表情をしている。全身を末期のがんに侵されながら、それを感じさせない演技は心に残るものだ。映画の終わり近くの新年の茶会シーンの武田先生の言葉は、樹木の心からの声に聞こえてた。「あたし最近思うんですよ。こうして、毎年同じことができるってことが幸せなんだなぁーって」  

 さりげない言葉を通じて、樹木がこれまでの人生を振り返って「平凡だが健康で平和なよい日が続くことこそが大切なのですよ」と、私たちに訴えているように思えてならなかった。  

 樹木が亡くなったことを知ったとき、映画「あん」と「万引き家族」を思い出した。どら焼き店のアルバイトに生きがいを見出す薄幸なハンセン病回復者役と、少ない年金を生活苦の家族の暮らしに使わせている高齢の女性役だった。社会の片隅でささやかに生きる高齢の女性を演じだ樹木の立ち振る舞いには全く違和感がなかったし、今回の和服姿の気品ある茶道の先生役も自然に見えた。それは樹木という女優の幅広さを示したものだろう。25年という女性の人生を演じた黒木にも同じことが言えるのかもしれない。