1704 大谷の二刀流復活記念日は? けがとの闘い1年を振り返る
俵万智の歌集『サラダ記念日』(河出書房)が280万部というベストセラーになったのは、31年前の1987年のことだった。歌集には題名となった「『この味がいいね』と君が言ったから七月六日はサラダ記念日」の短歌が収められていて、「記念日」という言葉が強く印象に残った。さて、きょう13日は私にとってもある記念日なのである。
それはあまり思い出したくない記念日だ。昨年9月13日夕、右足の大腿四頭筋断裂というけがをしたことはこのブログでも触れている。あれから1年になった「記念日」なのである。手術・1カ月の入院、リハビリを経てほぼ完治に近い状態になった。得難い体験だったし、繰り返したくない体験でもあった。
人は加齢とともに体のさまざまな部分に勤続疲労ともいえる不調が出てくる。それは致し方がないことだが、私の場合は公園のぬかるんでいた斜面で写真を撮影している際、足を滑らせ転倒するという過失によってのけがだった。10月中旬まで入院し、平日は午前午後で3回、土日、祝日は2回のリハビリを続け、退院後も12月末までリハビリに通い理学療法士のお世話になった。並行して近所のスポーツジムでマシンを使って筋肉トレーニングを始めた。当初、痛めた右足は真っすぐ伸ばすことはできるが、膝を折ることはなかなかできなかった。
1月からはジムでのリハビリ(筋力トレーニングと水泳)のほか、朝夕の散歩を日課にした。朝の散歩の仕上げはラジオ体操だ。こうした毎日の繰り返しで次第に右足は回復、膝を折ることも可能になった。時々痛むこともあるが、その間隔は遠のきつつある。私の場合、ジム通いはリハビリが目的なのだが、平日の昼間のジムは高齢者の割合が圧倒的で高齢者サロン化しているといっていい。多くの高齢者が健康志向であることが理解できる。何よりも筋力トレーニングに励んでいる人たちは健康そうだ。
投打の二刀流選手として注目を集めている大リーグ、エンゼルスの大谷翔平は、つい最近新たな右ひじの靱帯損傷が見つかった。夏前に見つかったものとは別の場所で、シーズン終了後にトミージョーンという手術をするかどうか、選択が迫られている。夏前は手術を回避し、ヤンキースの田中将大と同じPRP注射による回復法を試みた。しかし再登板後、新たな靱帯損傷があったというのだ。スポーツ選手は体を酷使して競技を行うから、けがとの闘いは宿命ともいえる。天才といわれる大谷でも、けがから逃れることはできなかった。
大谷がどんな決断をするかは分からない。大リーグ生活1年目で見舞われた悲運にもかかわらず、打者として大活躍する姿を見て計り知れない可能性を感じるのは私だけではないはずだ。100年に1人という稀有な才能がつぶされないことを願うばかりである。大谷にとっての二刀流復活の記念日はいつになるのだろう。